坂口安吾デジタルミュージアム

HOME

コラム

■「瀬戸内寂聴 安吾ゆかりの地を巡る」に同行して  岩田多佳子 

完成
撮影:坂口綱男

 第3回安吾賞受賞者、瀬戸内寂聴氏は、坂口綱男さんの案内で新潟市内のゆかりの地を巡った。

 11月18日、先週までの暖かな日和が一転し、気温は一気に10度近く下がり、雨と風の荒天の新潟。連日各地での講演と、原稿でお疲れとの事前の情報に心配していたが、待ち合わせのホテルロビーに現れた寂聴氏は、テレビで拝見するとおり、穏やかでにこやかであった。

 10人乗りの車に、寂聴氏、綱男さんが隣合わせで座り、その二人を振り向き様に捉えるカメラマンが助手席に、二人の会話を記録する編集者らが二人のすぐ後ろの座席に陣取って出発した。わたしはドア脇、お二人の斜め後ろという位置、なかなかのポジションである。

 車に乗り込む前、ロビーで顔合わせてから実は二人は、すでに話し始めていた。東京で会った時の話の続きのように。

 海側から“地獄極楽小路”に入り、「左手がかつての監獄、右手が行形亭(いきなりや)という老舗の料亭、それにはさまれる小路なので、地獄極楽小路、といわれている」との説明も、会話の間に挟み込むタイミングをとるのが、難しいくらい。でもこの小路名には興味をもたれ、続いて“行形亭”正面につけるとすかさず、「ああ、ここが極楽のほうね」と。

 坂口安吾の生家があったあたり、生誕の碑、教会を見ながら異人池跡、どっぺり坂を通って、護国神社の境内をぬけて安吾詩碑に向かう。綱男氏の説明にひとつひとつ相づちをうち、質問をされる。気遣って車内からの案内に、暖房が効いているせいで曇りがちの窓に、顔を近づけてごらんになる。

 参道から、こればかりは無理で、少し小やみになった雨の中、1本の傘で一緒に歩かれたが、かつて詩碑を訪れた時のことをお話になる。

「いろいろな碑を見ているけど、こんないい碑はほかにありませんよ」「あら、こんなだったかしら・・・、砂の中にある感じだったけど。海が見えて・・・」「そうそう、こう・・・。あのときはひとりで来たから、ずっとこの前に座っていたの。ずいぶん長くね」「安吾さんには、ほんと、会いたかったわね」「尾崎士郎さんはお会いしたことないけど、宇野千代さんから、ほんといい人だった、って、いろいろ聴いているから。安吾さんと尾崎士郎さんは、おふたりはきっと心の結びつきが深かったと思いますよ」

 用意された傘が、紫の衣と同じ紫で、新潟特有のあの重く暗い天気の中、なんと映りがいいことか!白いお顔が華やいで見える。碑を離れるとき、そっと触れて「また、来ますよ」と小さく言われた。

 車は阿賀野川沿いから、檀一雄の「亡友の泳ぎし跡か 川広し大安寺にて」と書かれた碑の脇を通って大安寺に入る。「檀さんを訪ねてポルトガルへ行った時、行きつけの飲み屋−まさに日本の場末の飲み屋、という感じの飲み屋に連れていかれて・・・」綱男さんが檀さんとの思い出や“檀通り”酒の名前で“ダン”というのがあると聞いたことをはなすと、「そうなの、“檀通り”っていうのがあるのよ。お酒もあるの?」

 坂口家の墓で、「宗派は?」とお尋ねられ、「うちは、無宗派というか、関係ないんです。安吾も母三千代の時も、宗派に関係なく、したので」と綱男さん。「安吾さんの文を読むと、仏教を感じるんですよ。深く学ばれておられる方だと。だから宗派がないというのは、不思議な気もするけれど。・・・安吾さんらしい気もするし」

 帰りの車中も、ふたりの会話は途切れることがなかった。

 話が弾んで、というよりは、穏やかなぬくもりが広がっているようで、心地よい時間であった。

 このあと新潟市新津美術館で、安吾の自筆原稿や遺愛の品をご覧になった。