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安吾事件
ライスカレー100人前事件
1951年(昭和26年)11月4日、練馬区石神井町にある飲食店にライスカレー100人前の注文が舞い込んだ。注文をしにきたのは、坂口三千代氏。戦後、「堕落論」、「白痴」を発表し一躍戦後流行作家となった作家、坂口安吾氏の夫人である。

坂口夫妻は先頃の、伊東での競輪不正告発事件の難を逃れるために石神井町に住む作家、檀一雄氏の邸宅に身を寄せていた。

その坂口安吾氏がどういったきっかけで三千代夫人に100人分ものライスカレーを注文させたか、ということは本人の口からは一切明らかにされていないが、その時の状況は一緒にいた檀一雄氏、坂口三千代夫人の証言を拝借することで窺い知ることが出来る。

壇一雄氏 「おい、三千代、ライスカレーを百人前……」
「百人前とるんですか?」
「百人前といったら、百人前」
 云い出したら金輪際後にひかぬから、そのライスカレーの皿が、芝生の上に次ぎ次ぎと十人前、二十人前と並べられていって、
「あーあ、あーあ」
 仰天した次郎が、安吾とライスカレーを指さしながら、あやしい嘆声をあげていたことを、今見るようにはっきりと覚えている。

(引用:『小説 坂口安吾』檀一雄)

三千代夫人 檀家の庭の芝生にアグラをかいて、坂口はまっさきに食べ始めた。私も、檀さんたちも芝生でライスカレーを食べながら、あとから、あとから運ばれて来るライスカレーが縁側にズラリと並んで行くのを眺めていた。
 当時の石神井では、小さなおそばやさんがライスカレーをこしらえていて、私が百人まえ注文に行ったらおやじさんがビックリしていたがうれしそうにひき受けた。

(引用:『クラクラ日記』坂口三千代)

100人前ものライスカレーとは想像を絶する量である。果たして、本当にそれだけのライスカレーが運ばれたのだろうか?と疑問に思い調べてみたら、実際には20人から30人前ほどしか運ばれなかったそうである。

だが、我々の目には奇妙に映るこの行動も、檀一雄氏が「安吾流の人生を、未知の規模に創出する熱願」と推測するように、坂口安吾氏の創作精神が際立って現れた非常に重要な事件であることに間違いないだろう。
 
 
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