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安吾事件
染太郎火傷未遂事件
台東区西浅草に店を構える「風流お好み焼き 染太郎」。この店の女主人、崎本はるさんに作家の坂口安吾氏が一枚の色紙を贈った。「染太郎」は1937年(昭和12年)に漫才師だった旦那さんが出征されたのをきっかけに、当時二階を稽古場として使用していた、座付き作家の井上光氏の提案により開店した。店の名前は高見順氏の考案した「風流お好み焼き」と旦那さんの屋号「染太郎」を合わせたものが付けられ、多くのレビュー役者、ジャーナリスト、そして文士で賑わっている。

坂口安吾氏も、自身のエッセイで「「染太郎」というオコノミ焼が根城であった」(モン・アサクサ)と語るほど染太郎との親交は深く、『現代文学』の同人の会合に使用したり、たびたび二階に下宿をして原稿を書いていたこともあったとのことである。

さて、その贈られた坂口安吾氏の色紙には
「テッパンに手を/つきてヤケドせ/ざりき男もあり」
と書かれており、このような経緯があるようだ。

昭和29年11月4日、染太郎で食事をしていた坂口氏なのだが、何を思ったのか鉄板に手をついてしまった。ジュッと焼ける音がして、周りの人はギョッとした。しかし、はるさんは慌てずに、冷蔵庫から氷の塊を取り出し坂口氏の手の上にのせ、「この人は物書きだから大事な手」、と言いながら自分の手で力いっぱいに押し続けたそうである。

そして、そのはるさんの手当てと優しい言葉に感謝の気持ちをこめて、坂口安吾氏は右の色紙を書いたそうである。

だが、なぜ坂口安吾氏は鉄板に手をついてしまったのだろうか?この真相については「安吾激昂説」や「安吾探求心説」等を代表に諸説紛々と噂されている。しかし、実際の真相は意外にもはるさんのご子息である仁彦さんの次の証言によって明らかとなるのではないだろうか。

「安吾さん、そのときひどく酔っぱらっていてねぇ。それでトイレに行こうと思ったんだろうねぇ。酩酊して鉄板にジュウッ」
(引用:『安吾と三千代と四十の豚児と』坂口綱男)
以上が、坂口安吾「染太郎火傷未遂事件」の真相である。

染太郎&色紙
 
 
 
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