坂口安吾デジタルミュージアム
  坂口安吾デジタルミュージアム HOME  
introductionPhoto introduction
坂口安吾ってどんな人?
あなたにおすすめの作品
 
ArchivesPhoto Archives
作品データベース
年譜
その他のデータ
NiigataPhoto # Niigata
# 新潟安吾観光MAP
# 安吾賞 松之山情報
# 新潟でのイベント
 
安吾コミュニティ
コラム ブログ
作品紹介 遺品紹介
安吾リンク集
 
新潟安吾名所案内-寄居浜安吾碑
新潟市の護国寺境内松林を進んでいくと、砂丘上に、どん、と据えられたおむすび型の石碑に出会います。それが寄居浜安吾碑です。(▼写真1)尾崎士郎、壇一雄らが発起人となり、1957年6月に建立されました。護国神社境内には、北原白秋の歌碑など多くの碑が建っていますが、その中でもとりわけ大きく、目を引きます。建立当時は土台がありませんでしたが、地盤沈下の影響で沈み始め土台がつけられたという逸話があるほど。

目の前には、坂口安吾が中学校を休み(サボり)、眺めていたという日本海を臨みます。

中学をどうしても休んで海の松林でひっくりかえって空を眺めて暮さねばならなくなってから、私のふるさとの家は空と、海と、砂と、松林であった。そして吹く風であり、風の音であった。(「石の思い」)
故郷の中学では浜の砂丘の松林にねころんで海と空をボンヤリ眺めていただけで、別段、小説などを読んでいたわけでもない。(「風と光と二十の私と」)

  彼は新潟の海がステキだという。
「日本海はくらいんだ、やっぱり荒波だ。一望千里砂浜だ、佐渡が見える。夜でも泳いだんだ。夜の海は怖いものだよ。オレだけが波にもまれているんだ」(坂口三千代『クラクラ日記』)
坂口安吾は日本海を愛し、作品にも数多く登場させています。坂口安吾にとって日本海はふるさとの原風景と言えるでしょう。(▼写真2)

碑文は「ふるさとは 語ることなし 安吾」と彫られています。この碑文のもとになったのは、新潟の放送局でインタビュー番組を制作していた丸山一さんに送られた色紙です。坂口安吾のふるさと新潟に建てられた文学碑にこの碑文とは大胆なような気がしますが、かえってこのぶっきらぼうな調子に、坂口安吾のふるさとへの思いが込められているのではないでしょうか。

※写真をクリックすると拡大します。
   
【写真1】寄居浜安吾碑   【写真2】日本海    
Copyright (c) 2005-(財)新潟市芸術文化振興財団. All rights reserved. このサイトについて 個人情報保護方針 ご利用規約 お問い合せ