坂口安吾デジタルミュージアム

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作品紹介

「禅僧」

 禅僧と若い農婦の愛欲譚。幻想小説ではないが、全篇に不穏の気がただよう。

 新潟松之山をモデルとする雪国の寒村が舞台で、初めは淡々と、まるで「村のひと騒ぎ」の裏ヴァージョンのようにして始まるが、油断していると胸に生木の楔を打ち込まれる。

 同時期に書かれた「不可解な失恋に就て」や「雨宮紅庵」同様、マゾヒスティックな男と妖婦(ファム・ファタール)との狂おしい関係が主題。女の造型は本作がいちばん鮮やかで、作中に象徴として語られるメリメの「カルメン」のように力強く奔放だ。安吾はフランスのロマン派では、スタンダール、バルザックと並んで、メリメが大好きだった。

「野性のままの性慾」で次々と男をくわえこんでいく農婦お綱は、ケンカ好きで、男が恐怖に震える様を見るのも大好きな真正のサディスト。自分のホーゼ(パンツ)を盗んだ禅僧を裸に剥いて柱に縛りつけ、まんじりともせず睾丸焼きに興じる。1936年という発表時期でよく発禁にならなかったものだが、この時「キラキラと光る眼付で坊主の顔をむしろボンヤリ視凝めてゐた」お綱は、もはやカルメンを超えて、後年の「桜の森―」の女や夜長姫にまっすぐつながっている。

 こんな強烈な女に惚れてしまった禅僧だが、被虐趣味はなさそうだ。愛だの恋だのからも遠く離れて、妄執、と呼ぶほかない愚かで悲しい煩悩にとり憑かれている。痩せさらばえていくのは、ストーキングに費やされた膨大な時間のしるしであるとともに、恐怖に心身が竦んでしまう日々の連続によるものでもあろう。

 禅僧は最後、衆人環視の舞台に飛び入りして「折れ釘のやうな」手足をお綱にからみつける。妄執がそのまま人間になったかのごとき熱狂ぶりがおぞましくも、いじらしい。

 安吾作品に出てくる坊主はいつもエロオヤジと決まっているが、煩悩もここまで極まれば即菩提、偉い坊さんと呼べるのかもしれない。

  

(七北数人)