坂口安吾デジタルミュージアム

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作品紹介

「百万人の文学」

 1950年2月、朝日新聞で「百万人の文学を支えるものは何か」を問うアンケートがあり、吉川英治や岩田豊雄ら13人の作家が回答を寄せた。どういう経緯かはわからないが、安吾だけ、アンケート回答の代わりに原稿用紙5枚程度の本作を寄稿した。

「百万人」に読まれる作家・作品は何か、まずは模範回答をしてみせる。大衆文学からは「大菩薩峠」や「宮本武蔵」、純文学からは漱石・啄木・谷崎・芥川らを挙げる。

 しかし、まあこの程度かな、というニュアンスを隠さない。「百万人」では「傑作」の認定基準に足りないのだ、と安吾はいう。コンスタンの「アドルフ」が100年以上かけて「一千万人」の読者を得た例を挙げ、つまりそれだけ読まれて初めて「傑作」と称するに足るのではないか、と。

 そして現代日本ではただ一人、太宰治だけが「百何年後に千万人の魂と結合する程度に愛読されるだろう」と締めくくっている。まさに慧眼というべきか。太宰はすでに「千万人」以上の読者を得たのではないだろうか。

 安吾は太宰が生きていた時期の談話などでも「世界の文学史に残りうる作家だ」、「フランスあたりにも、あれだけの作家はちょっとみあたらない」と絶讃していた。

 本作は新全集第9巻(1998年)に初めて収録された。余談ながら、それより14年前、私は大学の卒論冒頭にこう記していた。「太宰の死後、坂口安吾は太宰の作品はやがては『百万人の文学』になると予言した」

 社会学者の山本明が当時発表した論文からの引用だったが、「予言」の出典は書かれていなかった。山本はおそらく同時代で朝日新聞を読み、記憶にとどめていたのだろう。

 なお、本作には「百万人の小説」というタイトルの下書稿も残っている(新全集第15巻所収)。論旨はまったく同じだが、細かな表現がけっこう変わっているので、比較すると面白い。太宰を讃える表現についても、下書稿で「ニヒルの狂い咲」としてあったのが、決定稿では「弱々しいセン光の身もだえに似たもの」と変わっている。一言批評として、どちらも捨てがたい。

  

(七北数人)