坂口安吾デジタルミュージアム

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作品紹介

「伊達政宗の城へ乗込む〔安吾の新日本地理3〕」

 仙台と伊達政宗をさんざんにこきおろした紀行エッセイ。

「安吾の新日本地理」は、「安吾巷談」の続きとして全国の戦後ジャングル地帯をルポする回と、歴史推理に重点を置いた回とがある。第3回はその中間で、前半は政宗がいかに政策を失敗しつづけ、いかに仙台がダメであるかを語り、後半は漁港めぐりが中心となる。

 この前半がスゴイ。もう、まさにコテンパンの書きようで、かわいそうになってくる。うまい食べ物は「まったく何もない」し、名物の民謡も上方の模倣で印象に残らない。

「全然一語も分らない」仙台弁のうちで、わずかにわかるのが「ゴザリスデゴザリス」だが、「言葉だけで間に合そうという下心」が見え透いて「きく人を悲しくさせるな」と憐れむ。「ゴザリスデゴザリス的な言葉から文化は育たない。ただ田舎風の策略が発達するだけである。伊達政宗的な言葉かも知れないね」

 わざとこんなふうに書くから、仙台の人たちが怒るのももっともで、地元の河北新報には「藩祖政宗公を悪しざまに呼ばわる文士坂口安吾を二度と仙台の地に足ぶみさせるな」など怒りの投書が相次いだという。

 読めば読むほど確かにヒドイと思いつつ、ところどころでプッと噴き出してしまう。

 ハッと気づく。安吾はコレをファルスとして書いているのだな、と。いつも後手後手、後始末の火消しで一生を終わった悲しいドン・キホーテ、伊達政宗。愛すべきファルスの主人公は、いつもとことんヒドイ目にあい、みんなに笑われる定めだ。

 つまり、安吾はこの奮闘する「田舎豪傑」が結構好きなんじゃないかと思う。「二流の人」の黒田如水と「好一対」と書いてもいる。ただし、如水ほど機転が利かない。

 連載第3回にして、なぜわざわざ「悪しざま」に断ずるばかりの仙台をとりあげたのだろう。取材旅行の帰り際、河北新報のインタビューにこう答えている。

「戦災都市で計画性をもって復興している街は仙台以外になく今後はきれいに発展していくと思う」

 本篇でもこれぐらい褒めてあれば仙台の敵とならずにすんだかもしれないが、このインタビュー記事、表題は「美人のいない街」で、これはこれで大いに怒りをあおったのだった。

  

(七北数人)