坂口安吾デジタルミュージアム

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作品紹介

「お奈良さま」

 ファルス作家としての大トリを飾ったオナラのバカ話。

 最晩年の2年間は安吾最後のファルス黄金期だったが、最初の黄金期の幕あけとなった「閑山」がやっぱりオナラの話だったので、安吾のファルス人生は期せずして首尾一貫した格好だ。とにかく何も考えず、笑って読めばいい。

 お奈良さまは善良な坊さんだが、お尻の締まりが悪いのが玉にキズ。出したくて出してるワケでもないのに、オナラのおかげで大往生できましたとか、賞讃されすぎるのもツライ。逆に、こっぴどく非難されるのも、これまたツライ。

 本作でカサにかかって責め立ててくるのは、PTA副会長のソメ子とその娘の糸子だ。この2人の辛辣さ、憎たらしさが一番の読みどころで、とくに糸子の造型が凄まじい。中学2年にして「禁酒論」「廃妾論」「売僧(まいす)亡国論」などを著し、大人も敵わない弁論の達人なのだ。

 安吾の描く女傑はとにかく強く、理不尽な怖さをもつのが常だが、糸子に限っては理もカンペキにそなえている点、始末に負えない。これにPTAが加わって鬼に金棒。PTAについては、安吾は「決戦川中島」の中でも「女の顔役とも呼ぶべき連中」と揶揄していた。

 言い訳などする一瞬の隙も与えてもらえない。やさしさだけが取柄のお奈良さまとしては、やりこめられて、すごすご引き下がり、果ては心身を病むばかり。

 相手を言い負かすのが言葉の効用なら、言葉ってヤツはなんて傲慢で情け知らずなヤクザ者なんだろうと思ってしまう。そこに心の通い合う余地はない。

「私はあなたの言葉よりもオナラの方が好きでした」

 奥さんにこんな言葉で慰められると、プッと吹き出したあとで、これは類ない愛の言葉かもしれないなと思う。何千言何万言ついやすよりも、たった一発で、みんなの心をほっこり和ませてしまうなら、オナラの効能は作家という職業の因果をも軽々と超えて、広がり、沁み渡るのだろう。

 安吾は子供の頃から弁論だの演説だのが大の苦手で、極力避けて一生を終えた。

  

(七北数人)