坂口安吾デジタルミュージアム

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作品紹介

「土の中からの話」

 1947年刊『道鏡』に収録された、少し変わった形式の短篇。冒頭から3分の2までがエッセイ風、残り3分の1が創作説話になっている。

 雑誌発表されたか否かは不明。書き下ろし収録だった可能性もあり、末尾に「昭和二十年」と執筆年が記されていた。これだけだと戦中か戦後かわからないが、農村は淳朴だという常識のウソをあばいたエッセイ「地方文化の確立について」と重なる記述が多いので、おそらく戦後の同時期に書かれたものだろう。

 内容の重なる部分を比べてみると、「地方文化―」のほうが容赦なく、農民たちの排他性や利己的な行動を「悪徳」と決めつけている。本作では、同じエピソードが大らかな笑いへと昇華されていて、彼らの排他性やずるがしこい立ち回りが逆に、いかにも人間くさい、逞しい生命力にあふれたものとして、小気味よくも感じられる。

「親友でも隣人でも隙さへあれば裏切る」

「他人も悪いし、自分も悪い。これは古今の真理なのだが、日本の農村だけは、他人だけ悪くて、自分は悪くない」こんなふうに書かれると、笑わずにいられない。

 エッセイ風のパートが分量的には主だが、実は落語のマクラのようなもので、全篇、小説と呼んでもいいのかもしれない。

 最後の説話パートが、内容的にはメインとなる。話のタネは古くからある「化牛(ケギュウ)説話」の話型で、負債をのこして死んだ人が牛に生まれ変わって償うというもの。

 特に『日本霊異記』中巻の第32話がもとになっているが、原話は文庫本にして2ページ足らず。主役は最初から牛の姿で現れ、牛になって五年、もはや苦痛に耐えられぬと夢で訴えてくるので前世がわかる、というそれだけの話である。地名や人名などを借用していること以外は、ほぼ安吾の創作と言っていい。

 登場する和尚の強欲ぶりは呆れ返るほどに見事だし、虐待に耐える牛のつらさ悲しさ、そこから生霊のようなかたちで夜な夜な和尚の夢に現れる顛末など、実に奇想天外で面白い。不条理なのにリアル、不気味なのに可笑しい、伝奇ファルスの愛すべき珍品。

  

(七北数人)