坂口安吾デジタルミュージアム

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作品紹介

「文章の一形式」

 何度も読み返したくなる、小説書き方講座のようなエッセイ。

 1935年、若き安吾が文章について考えに考え、自分の文体を編みだしていこうとする、そんな一途な情熱が伝わってくる。無造作に作品を書き捨てて顧みない作家、という巷のイメージがいかに安吾の実像と遠いか、知らしめてくれる。

「私は文章を書いてゐて、断定的な言ひ方をするのが甚だ気がかりの場合が多い」という書き出しだけでも、文章に対する繊細さが感じとれる。言葉の端々にまで注意を払い、読み手の感受性の幅にもアンテナを張り、いかに書けば真実らしく語れるか考えつづける。

 この年、横光利一が「純粋小説論」の中で「自分を見る自分=第四人称」を提唱し、文壇で話題になっていた。横光のは大枠の話だけで中身は曖昧だったが、安吾はこれを、文体実験の方法論として具体的に検証していく。

 その結果、日本語ではあえて第四人称を設定しなくても、無形の語り手をあちこちに潜ませることができる、と看破する。語尾や文末を少し操作するだけでいい。自分で小説を書いたことのある人なら、思い当たるフシが多々あるだろう。

 視点の問題とか、人称の問題などを文学論議でもちだすと、そんな細かいことを、と毛嫌いする人は多いが、いざ自分が書く段になれば、第一に問題になるのがコレだ。余談ながら拙著評伝では、あとがきの直前まで一人称の「私」をいっさい入れずに書いた。「〜と考えられる」とか「〜であろう」「〜に違いない」などの語尾を使うことによって、無形の話者の考えが逆に、「私」が断定するよりも強い説得力をもち始める。この効果のおかげで自由に自説を展開することができた。

 安吾の場合は、やはりドストエフスキーなどの作風が念頭にあり、多重視点の小説について思いが凝らされる。人間の心には無限の錯雑があり、それはあらゆる人間がそうなのだ。多数の人間の心情を、各人になりかわって描き、なおかつリアリティを獲得すること。

 安吾晩年の長篇『信長』の文体など、こうした悩みや実験を経て生み出された画期的なものであった。ただ自由奔放に書いても、こうはならないのだ。

  

(七北数人)