坂口安吾デジタルミュージアム

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作品紹介

「舞踏会殺人事件〔安吾捕物1〕」

 1950年10月から1952年8月まで全23回(全20話)、『小説新潮』に連載された「明治開化 安吾捕物」の記念すべき第1回。冒頭で「明治十八、九年」と時代設定が明記されているが、その後の回ではおもに明治20年前後の設定になっている。

 第1回は、鹿鳴館時代らしく、総理大臣や外国公使らを集めた仮装舞踏会が事件の舞台となるので、西洋趣味的な部分が多く盛り込まれている。

 主要キャラクターの紹介も兼ねた回なので、彼らの掛け合い漫才のようなやりとりも楽しめる。謎を解くのは洋行帰りの紳士探偵、結城新十郎。彼に対抗心を燃やす剣術使いの泉山虎之介、戯作者の花廼屋因果、隠居の勝海舟らがさまざまに推理合戦を展開する。

 このシリーズは各回でかなり雰囲気が変わるのだが、この回がいちばん軽くて明るい。とにかくハイカラで楽しい。他の回ではあまり自分の頭を使わない虎之介や花廼屋も、推理合戦に参加する。これに海舟、新十郎と、4人がそれぞれ違った犯人を名指しする。

 楽しさの秘訣はここにある。戦争中、大井広介の家に文学仲間と集まって、ワイワイガヤガヤ推理小説の犯人当てゲームに興じた、そんなムードが持ち込まれているようだ。

 おきゃんな令嬢お梨江と新十郎の恋の予感も初々しい。梨江は殺された政商加納五兵衛の娘なので、こんな能天気では困るのだが、ゲームの楽しさがすべてに優先されるのだ。

 しかし、いかにも怪しい容疑者を4人以上つくって犯人当てを楽しむ、今回のような展開は、短い枚数でそう何度もできるものではない。そこが評価されてか、捕物帖の名作を精選したアンソロジーが編まれると、「安吾捕物」からは本話が入る例が最も多い。

 1953〜54年の初版ではなぜか、本話と第2話がカットされた。生前唯一の版なので、安吾自身がハズした可能性もゼロではないが、人物紹介の重要な回をハズす意図が読めない。初版は3巻本で、各巻6話、各200〜213ページと分量・体裁を揃えての刊行だったから、版元が販促上の理由でカットしたのではないか。問題の版元は、印税を安吾に渡さず東京国税局へ直納してしまったため、怒った安吾は第3巻の検印を半年以上拒否しつづけた。

 翌年、安吾没後に再刊された新書判では全話がめでたく収録され、以後『安吾捕物帖』の選集は7冊余り世に出たが、本話と第4話「ああ無情」のみ、全冊に収録されている。

  

(七北数人)