坂口安吾デジタルミュージアム

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作品紹介

「冷笑鬼〔安吾捕物10〕」

 安吾捕物シリーズの一つの極北といえる、とんでもない悪党を描いた第10話。

「水野左近は人間ではない。鬼でござんす」と元使用人が語るとおり、かつて旗本だった資産家の水野左近は、安吾全作の中でも飛びぬけて悪いヤツだ。

 徹底した吝嗇家で、使用人はもとより、妻や息子たち、孫にも一切むだ金をやらない。みな商家の小僧に出したり追放したりで「路頭に迷ったわが子に一食を与えることも許さない」徹底ぶり。虐げられたがゆえの息子たちの下降人生。まるで螺旋の筋が引かれてあったように、みな一様にぐるぐるとどん底へ落ち込んでゆく。

 いちばんヒドイのは左近の心理的虐待趣味で、ひとの心をもてあそび、苦しむ顔を眺めてほくそ笑む。たとえば、借金の穴埋めを嘆願する息子に、左近の銀行預金をおろしてこさせた上、目の前で別の子らに全部貸してしまったりする。ほんの一瞬だけ、一縷の希望をもたせておいて、最後に突き落とすのだ。

 左近は五年かけて周到にシナリオを練り、悪意に満ちた財産分与の宴をひらく。

「己れに最も血の近い五名の骨肉が盗み、殺し、自殺する動機をつくり機会を与えて、それを見物し、結果いかんと全身亢奮に狂っているのだ」

 なんともいえない胸苦しさに息もできない思いがする。それなのに、怖いもの見たさでグイグイ惹きつけられてしまう。強烈な悪の魅力も、確かにそこにあるのだ。

「人が悪魔たることはボンクラにまさること数千倍。非凡であるな」

 海舟の最後のひとことが言い得て妙。ホンモノの悪魔を描ききることも安吾のライフワークだったので、本作は小品ながらも一つの達成になっただろう。

「父の顔には悪病にかかった薄笑いがついていて、それをはぐと、下には死んだ顔、青い死神の顔があるような気がした」

 こんな感じの凝った表現が随所にあるのも、捕物帖としては異色といえる。構成も見事であり、人間関係だけから推理の要諦を極める結城新十郎の解答もすばらしい。

 ここでもまた、犯人検挙に協力しない新十郎であった。

  

(七北数人)