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「三十歳」

 矢田津世子を書こうとして横道にそれまくった「二十七歳」とは対照的に、本作では最初から最後まで、矢田津世子だけを書いている。矢田への嫌悪と、互いの人格を傷つけ合うばかりの不毛な関係を描いている。

「いづこへ」の女(お安さん)との半同棲生活を切り上げて実家に戻った安吾のもとを、数年ぶりに再訪する矢田津世子。かつての恋心を叫ぶように告白し合う二人だが、それが同時に関係の終わりを意味していた。

 性格的には、もともと安吾の好きなタイプの女性ではない。「二十七歳」で対比的に挙げた娼婦やカフェの女給たちのほうに、安吾の心は親近する。どこまでも自由で大らか、それゆえ本質的に孤独で魂の高い女たち。世間の良識からははじかれ、蔑まれている彼女たちとは、互いにいたわり合う対等の人間同士でいられた。

 矢田は逆。高踏的で潔癖、良妻賢母型で、男の生活力のなさ、だらしなさをなじる。

「あなたは、私を憎み、卑しめ、蔑んでいた」と、自らに言い聞かせるように繰り返し繰り返し書き連ねる安吾は、同じだけ、矢田を憎み、軽蔑しきっていた。 「凡庸な良識」「盛名が生きがい」「イヤらしい通俗性」「イヤらしい虚栄」

 安吾が矢田の本質と見たものは、最も嫌いな権威主義者たちのそれと通じるものだ。
 本質は互いに相いれない相手が、会わないでいた間に聖なる虚像へと高められていった。
 現物に会うたび、偶像のメッキは剥がれていく。崩れていくのは自分の心に築いてきた純粋の砦でもあった。自傷行為のように、また会う。

「四年前に、私が尾瀬沼へお誘いしたとき、なぜ行こうと仰有らなかったの。あの日から、私のからだは差上げていたのだわ。でも、今は、もうダメです」

 矢田の言葉は強烈だ。甘く誘惑的でありながら、復讐のように冷酷な棘を含んでいる。棘は彼女自身にも刺さる。苦しめ合うことでだけ繋がっていられる、二人の心のありようが痛ましい。   

 
(七北数人)
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