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「呉清源」

 幻に終わった観戦記集の「後記」において、安吾は自ら楽しむのは囲碁だが、観戦するなら将棋だと書いた。一発逆転の激しさ、一瞬も気を抜けない緊張感、それは囲碁にはないものだ、と。 実際、将棋では「散る日本」「観戦記」「勝負師」と、人生論にまでわたるドラマチックな名作をのこしたが、囲碁の観戦記は「本因坊・呉清源十番碁観戦記」1作しかない。それも序盤の2日めで尻切れトンボに終わっている。

 一般的にも、将棋の映画やドラマは数多いが、碁をテーマにした映画はほとんどない。今ロードショー公開中の「呉清源 極みの棋譜」のほかには、1982年の「未完の対局」ぐらいで、これも主人公のモデルは呉清源だった。 つまり、囲碁の勝負はドラマにならないが、呉清源はドラマになる、ということだろう。

 先に挙げた安吾唯一の囲碁観戦記をふくらませる形で書かれたのが本作だが、ここではスッパリと観戦記であることをやめ、呉清源の「人間」だけを描く。彼の食事メニューの細部にわたる流儀や、信仰する璽光様(ジコーサマ)を守る絶対的な意志。当時は璽光様の逮捕事件後で、それでも呉清源一人、教祖を守って各地を転々としていた多難な頃。絶体絶命の勝負に身をひたす「完全なる鬼」の気魄は、こんな生きざまから見えてくる。

 将棋・囲碁ひっくるめて日本の棋士すべて、この別次元の鬼にはかなわない。将棋の木村や升田もこの境地には至らない。

 もはや人間ですらない冷徹な勝負マシン。その姿に比すべき存在として、安吾はただ一人、織田信長の名を挙げる。安吾がこれほどに褒め上げた同時代人は他にいない。

 しかも、この若き天才には華がある。文人囲碁会の連中も次々に呉清源と戦った。安吾も本作の冒頭で述べているようにハンデに5目置いて対局し、完敗だったが、少しでも呉清源を悩ませた、と大満足だった。

(『月刊読売』1948年5月号。記事全文はこちら)

 
(七北数人)
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