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「夜長姫と耳男」

「桜の森の満開の下」と並ぶ、安吾幻想文学のもう一つの峰。
 飛騨の名工3人の腕くらべとして始まるこの物語は、女奴隷エナコの決然として“美しい”耳切りシーンから、にわかに血なまぐさくなる。
 耳を切られた耳男(ミミオ)は蛇の生き血をすすり、その無数の死体を天上から吊るしながら最高のバケモノを彫り刻もうと苦闘する。エナコは誇りから自刃して果てた。
 ここまでは、人間界の物語。
 人のすがたをして、人でないものがいる。殺戮の神は、美しければ美しいほど、幼ければ幼いほどに、恐ろしい。
 謎の疫病が村じゅうに猛威をふるうようすを夜長姫は高楼から眺め、つぶらな瞳を大きくして無邪気に歓喜の声をあげるのだ。
「耳男よ。ごらん! あすこに、ほら! キリキリ舞いをしはじめた人がいてよ。ほら、キリキリと舞っていてよ」
 辞書の意味と違って、人々は本当にキリキリと舞いながら全身汗まみれで死んでいく。繰り返される「キリキリ舞い」という言葉が、呪いのように脳髄へキリキリ響く。
「みんな死んでほしいわ」透明な幼い笑顔で口ずさむヒメは、原初の闇にだけ棲む魔物か、あるいは虚無。
 戦前の安吾作品の中に、ヒメの原型はいくつかあった。「木々の精、谷の精」の葛子は病少年の膿を呑み込んで弥勒の笑みを浮かべ、「篠笹の陰の顔」の娘は一族の淫蕩の血をあどけない笑顔で語る。そして「露の答」の折葉の、この世の物とは思えない透明な表情。
「好きなものは咒うか殺すか争うかしなければならないのよ」
 風にゆれる蛇の死体の隙間から差し覗く青空のように、ヒメの言葉がたとえようもなく美しく感じられたら――悪魔の指し示す道に、あなたも一歩踏み入れた証拠かもしれない。

 

(七北数人)
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