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「エゴイズム小論」

 短いながら「堕落論」以降の新しいステップを刻む重要なエッセイ。近年まで初出未詳だったが、1946年12月1日発表とわかった。

冒頭に引用されている事件の概要は以下のとおり。
 1946年9月17日、住友財閥当主の娘で小学6年生の邦子が誘拐された。22歳の犯人樋口芳男は邦子をつれて各地を転々と旅し、6日後に逮捕された。樋口は少女誘拐常習者だが、少女たちにとっては好きな所へ連れてってくれる優しいお兄さんだった。

 安吾はこの樋口をキリストや釈迦と同列に並べる。すべての人間に生来そなわっているはずのエゴイズムが、この男にはないと言う。
 欲望のまま自由に生きることは、エゴイズムと重なる部分もあるが、イコールではない。
 自分が満足するためなら他人を犠牲にしてもよいと思う、これこそがエゴイズムの本質であれば、確かに樋口には、事件の始まり以外は、エゴイズムの影が薄い。

 マノン・レスコオや「危険な関係」の侯爵夫人らもエゴイストではない、と安吾はみる。天性の娼婦は、自分を犠牲にして相手の喜びにのみ奉仕するものだから、と。
 本作の3カ月前の「欲望について」にもマノンや侯爵夫人が出てくるが、その時点では「堕落論」と同じ趣旨で、単に世間の道徳に縛られない人間の例に挙がっていた。いわば欲望のススメ。闇屋や恋に走る後家さんたちと未分化の論じ方だった。

 闇屋や後家さんの欲望もエゴイズムだが、これは人間の三大欲求に近い、明るく自然な心のおもむくところ。逆に、道徳や貞操を厳として守れと説く者たちには、他人に対する威厳や見返りばかり気にする暗く醜いエゴイズムが隠れていたりする。

 キリストやマノンや樋口は、掟破りの点では闇屋側に属するが、エゴイズムをもたない点で「人間」を超越している。道義云々の次元には収まらない。本作や同月発表の「続堕落論」に初めて出てきたこの視点、樋口の事件がキッカケになったのかもしれない。

 

(七北数人)
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