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「ふるさとに寄する讃歌」

 同人誌発表2作めの短篇。幻想的私小説といった趣のある小品で、きらめく言葉の連なりが散文詩のように美しい。
 現在では人気作の一つだが、処女作「木枯の酒倉から」と3作め「風博士」というファルスの怪作に挟まれて、発表当時は印象が薄かった。安吾自身いつ書いたのか忘れてしまったフシがあり、回想エッセイなどでは同人誌発表作品は「木枯―」「風博士」「黒谷村」の3作と書いている。本作も生前3冊の作品集に収録されたので、嫌ったわけでないことは確かなのだが……。こんな扱われ方までが、あわあわと幻想的だ。

 主人公の「私」はふるさと新潟の街を歩きながら、エトランヂェ(異邦人)のような思いで、かつてそこにいた自分や記憶の中の風景を重ねて見る。しだいに自分の体は透きとおって、光や波の奔流と化していく。安吾の小説にしばしば出てくるこの感覚は、自分がいつかこの世界から消えてしまう、人間存在の根源的なかなしみと一体のものだろう。

 後半、虚無的な詩情は大きく転調する。「石の思ひ」で「誰よりも好きだつた」と書いた異母姉ヌイが死病の床に就いている。夏の盛り、病室を見舞う数日間が少しく偽悪的に描かれるのは、悲しさで胸がはちきれそうだからだ。姉のそばで、ルイ14世の晩餐会の話など夢物語ばかり語り合う2人のつくり笑いが目に浮かぶ。
「夢に植物を見ると姉は語つた」素っ気なく投げ出された1文にも、祈りがこめられているようだ。それが死後の夢なら、せめて幸せであればいい。
 ヌイはその秋、40歳で亡くなり、安吾は時をおかずに本作を書いた。かなしみの多くはそこから来る。
 ぐみ藪の砂丘、松林で鳴きしきる蝉の声、海上に浮かぶ船の煙、カトリック教会の建つポプラの杜で遊ぶ10歳の私……すべてが懐かしく、温かく、やるせない。風景をゆらす紗幕は、滂沱の涙で織られている。

 

(七北数人)
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