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「世に出るまで」

 1955年4月、没後発表となった絶筆の1本。
 タイトルのとおり自分の文学的成長過程を追ったもので、まるで死期を予感したような印象があるが、このエッセイが遺作となったのは全くの偶然である。
 掲載誌『小説新潮』では当時、毎月1人の作家に自分の修行時代を回想してもらう企画を続けており、その連続企画欄のタイトルが「世に出るまで」であった。
 短い文章のうちに安吾の半生が一望でき、かつ面白い仕上がりになっている。

 少年期には学校をサボって遊んでばかりいたこと。東京に来てからは小説から宗教・自然哲学の本まで読みあさり、苛酷な仏道修行を自らに課して神経衰弱になったこと。同人誌に発表したわずか数作の小説で華々しい文壇デビューが叶ったこと。
 普通ならここで終わるところだが、安吾版「世に出るまで」はここまでが半分。そこから終戦まで、15年間の事跡も語られる。

 矢田津世子との苦しい恋愛、尾崎士郎との決闘秘話、難産だった「吹雪物語」、取手から小田原、大井広介の家などを居候してまわった遍歴時代……。
 デビューは早かったが、「堕落論」「白痴」で流行作家になるまでは、安吾にとって長い修行時代だったのかもしれない。

 自伝小説群のような苦しさや切なさはなく、カラッと明るい。エピソードはみな単純化され、ダメっぷりが強調される。戦争中、「日本文化私観」や「真珠」など隙のない名作をものしたことは省略して、ただあっちこっち居候し、のんべんだらり無為の日をおくったことばかり書く。もちろん、その姿も嘘ではない。

 文学仲間だった佐々木基一が原民喜に宛てた手紙の中に、こんなくだりがある。
「戦争中に何処へ疎開しようかと考えていた頃、坂口安吾に会ったらいきなり『男一人なら何処へ行っても世話してくれる人があるものだよ』といわれました」
のほほんとした、風通しのよい無頼感覚が気持ちいい。

 

(七北数人)
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