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「不良少年とキリスト」

 入水自殺した太宰治へ激しい怒りを叩きつけたエッセイ。

 とても追悼文とは思えない、書き殴ったような文章に驚かされる。文中に「バカヤロー」の語が入ったりする悪辣さ、不敵さ。あっちもこっちも全部、罵倒。安吾作品中、最も激しく、乱れた文章ではないだろうか。

 普通なら「極言すれば」の但し書きが付くような暴言のあと、必ず、その逆もありうる、否、逆のほうが正しい、みたいなことを語るから支離滅裂だが、そのように極言せざるをえない憤悶だけは、ひしひしと伝わってくる。
 安吾にとって太宰は、文学上最大の盟友だった。

「なにが、哲学だい。なんでもありゃしないじゃないか。思索ときやがる」
 このあたりなど、太宰の文体を意識的に模している。印象的なところほど太宰風だ。体言止めを多用する名調子。一文内で巻き起こる逡巡や韜晦。冷笑と優しさ。

「親がなくとも、子が育つ。ウソです。/親があっても、子が育つんだ」という一節は、フツカヨイの作品と名指しされた太宰の短篇「父」の次の一節を受けている。
「親が無くても子は育つ、という。私の場合、親が有るから子は育たぬのだ。親が、子供の貯金をさえ使い果している始末なのだ」

 もとより虚構である。流行作家が飲み代に困るほど貧乏なわけがない。

 最晩年の太宰は破滅型私小説作家たちの跡を慕い、キリストの苦悩に惹かれ、「地獄変」や「藤十郎の恋」のような芸術家のあくどい業を見つめて「義のために遊んでいる」と悪びれた。さらには廃人の主人公が自分とダブって見えるよう、作中あちこちに細工をほどこした。我が身を食えと言わんばかりに。憑かれ者の凄絶な性根、と言うべきだろう。

 MCとしての太宰も超一級だったが、安吾が「フツカヨイ」とした作品群のほうには、陶酔と耽溺があった。時には人を打ちのめし、這い上がれなくさせるような、毒の花園。そこには人生論的な意義などカケラもない。これが文学の一つの極北でもあるのだが……陶酔と耽溺は、安吾文学に欠けている、いわば弱点なのかもしれない。

 
(七北数人)
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