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「流浪の追憶」

 都新聞の文芸欄にひっそりと3回連載された、いとおしい小品。何度読んでも、感覚の奥深いところに響くものがある。「魂の放浪」を、私もしているからか、と思う。

 短い中にたっぷりの幻想味と寂寥感が盛り込まれ、文章の密度は濃い。各回をバラして川端康成の『掌の小説』に紛れ込ませても何ら遜色ないどころか、ザラリとした感触で、集中でも際立って印象深く感じられるにちがいない。

 生涯を賭けた長篇「吹雪物語」にとりかかる直前の作なので、「吹雪物語」内の数多くのエピソードと類縁の雰囲気がある。本作の第3話に「吹雪物語」の嘉村由子のモデルとなる幼なじみの女性が登場するからというだけでなく、魂の放浪を描く点で共通しているのだろう。長篇と掌篇とで表現のしかたは当然異なるが、心の空洞を吹き抜ける風のつめたさは、むしろこちらのほうが上かもしれない。

 休業期間の温泉で次々と番人が死ぬという噂は「シャイニング」を彷彿とさせるが、その地をわざわざ訪ねて行こうとする「私」の心理のほうに興をひかれる。沈潜していく自分の心理と精神病院にいる友人たちの話が絡んでくるあたり、まさにスティーヴン・キングの構想を先取りしているようだ。

 第1話で描かれる記憶のゆらぎは、ある意味「シャイニング」よりも怖い。記憶がどんどんニセモノにすりかわっていくと、自分という存在までが不安定にゆらぎだす。

 何回も同じ夢をみて、その内容を折にふれ反芻するうちに、それが夢であった証拠が薄らいでいくことがある。その夢の発端や背景が、現実にあった出来事をモトにしている場合にはなおさらだ。体験した記憶のはしばしに、虫が巣食うように夢が融けまじっていく。

 夢と現実の区別がつかないのは犯罪者に限ったことではなかった。旧友と昔話などしてみれば、よくわかる。人の記憶なんてみんな、その人好みの幻想で彩られているのだ。

 過去の自分は無数のパラレルワールドの中に散在し、いまの自分とは決してつながらない。夢のなかの夢、何度起きても夢が続いている夢のように――。魂の放浪者はいつも、そんな不安の中にいる。

 
(七北数人)
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