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「吹雪物語」

 一貫して長篇志向だった安吾が、初めて完成させた700枚超の長篇。安吾の代表作にも数えられながら、全篇読み通した人が滅多にいない、という意味で“奇書”と呼べる。

 卓一、由子、野々宮の、どこへも発展しようのない神経症的なカラミが延々つづく前半が、苦役のように長い。これが読者を遠ざける一番の理由だろうが、意外に袋小路の閉塞感や息苦しさは少ない。

 野々宮が殺人の妄想に駆り立てられながら、無償の奉仕の精神をもつ聖女サチ子の酒場を「夢の国」と見るくだりは、慰藉に満ちて魅惑的でさえある。「野々宮の性格は世界の文学に誰も取扱つてゐなかつた」と安吾が自負した気持ちがわかる。

 希望のない世界から一歩でも踏み出してみたい。誰もが虚無と絶望の中で、祈り、喘いでいる。随所に「夢」がちりばめられているのはそのせいだ。回想や夜の夢、幻想、創作などの形で「夢の国」への憧れが語られる。それは首吊りの森の夢でもいい。爛熟の夢は甘い芳香を放ち、放浪へ、魂の放浪へと人を誘い込む。

 後半の第5章、矢田津世子をモデルとする澄江の登場から、物語は大きく転調し、奇怪な情念がずるずる引きずり出されてくる。澄江は卓一との愛憎に疲れ、浮浪児ジョーヌと暴力的な性交渉をくりかえす。果ては卓一の家にたまたまいた他巳吉老人を逃避行に誘う。

「雪の中へ雪が降ると、急に見えなくなつてしまふね」

 夢のような逃避行に出た他巳吉老人の感懐が、読む者の心の中にもこだまする。死出の旅路になるかもしれないのに、どうしてこんなに安らかなのだろう。冷たい吹雪の中に、透明な浄化の祈りがこめられる。

 たったひと冬の出来事。いろいろな事件が起こり、人々はやがて新潟の街を去って行く。漂白された寂しさはいつも、あたたかな「夢」を求めている。

 
(七北数人)
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