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「戦争と一人の女」

 不感症の女と虚無的な男の、空襲下の日々を描いた短篇。

 同題で2作品あり、冬樹社版の全集が出るまで「戦争と一人の女」といえば「続戦争と一人の女」のことだった。安吾自身が発表直後に前者を葬り去ったため、「続」ヴァージョン1作だけが「戦争と一人の女」になってしまったわけである。新潮文庫など全集以前からある刊本は今でもそうなっているのでややこしい。

 本来は姉妹作で、同じ時間の同じ出来事を、前者は男(野村)の視点で、後者は女の視点で描くという面白い試みだった。

 しかしここには、恋愛にからむ情念のもつれは見られない。ほとんど恋心すらない。肉慾への本質的な意味での執着もない。全体がニヒリスティックなのだ。

 モデルとなる女性のことは「二十七歳」にも出てくるが、不感症という設定は「白痴」の女にも似て、透明な、自意識の鏡のような存在ともなりうる。だからどれだけ性を描いても、エロスよりも孤独についての思索ノートのようなものになる。

 敗戦と同時に破滅や死、陵辱や絶望だけが待ち受けている、そう信じていた2人は、そのあまりにも短く限られた生を、悲しむよりも楽しんでいた。刹那的であるがゆえに激しく感情が波打ち、破壊や劫火に血潮が沸き立つ。

 男は、女に「戦争」の属性がそなわっていると感じた。不穏な未来、激越な運命の悲劇を喜ぶ女。その喜びにふるえる肉体を抱くことは、男にとって「戦争」を抱くことに等しい。孤独な者どうしだけが感得する、死の遊び。

 これが「戦争と一人の女」無削除版のテーマであった。雑誌初出ヴァージョンでは、この象徴としての戦争にからむ部分はすべて、GHQの検閲でカットされた。安吾がこの検閲ヴァージョンを捨て去ったのは当然のことだった。

〈付記〉安吾作品の検閲実態は占領期資料の研究者には古くから知られていたが、安吾研究者の間では浅子逸男氏が1999年9月『坂口安吾と日本文化』で紹介されたのが最も早い。本作の無削除版や「特攻隊に捧ぐ」等を新全集第16巻・補遺に収録できたのも浅子氏からの助言のおかげだった。無削除版はその後岩波文庫『桜の森の満開の下・白痴』に収録された。

 
(七北数人)
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