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「FARCEに就て」

 文壇デビュー翌年に発表された代表的エッセイの1篇。これと小説「風博士」によって、安吾=ファルス作家、という1つのイメージが定着した。

 けれども、安吾全作の中で純然たるファルス作品は数えるほどしかない。文壇登場に際してわざわざファルス党宣言みたいなエッセイを書いたのは、笑いの芸術が世間で不当におとしめられていることに疑問を感じてのことだった。お笑いを一段低く見る、芸術世界のランク付けは、今でも悲しいかな、それほど変わってはいない。

「ファルスとは、人間の全てを、全的に、一つ残さず肯定しやうとするものである」

 すべてを肯定、とは、チョコザイな批判やエラソーぶった皮肉や風刺をしない、ということだ。風刺は必ず、上から目線でなされるものだから。「堕落論」と同じ、権威主義への反逆精神が早くも全篇にみなぎっている。

 文中でくりかえされる写実の否定も、やはり権威への反措定。「単なる写実」を否定するその心は、「枯淡の風格を排す」をあわせ読むとよくわかる。エラい人が書いたからといって、ぐだぐだの身辺雑記みたいなものと文学を一緒にするなと言いたいだけだ。

 本当の意味での「写実」は、写す対象の「魂」みたいなものを感じとることから始まる。それが「象徴」や「空想」や「幻影」などの彩りをまとって、形になる。

「単に、人生を描くためなら、地球に表紙をかぶせるのが一番正しい」

 よく引用されるこのフレーズも、ここだけ採り上げると「文学は死んだ」などと叫ぶ現代の評論家たちと同じ意見かと勘違いされそうだが、「単に、人生」でなく、本物の底深い人生を小説で味わえるなら、それこそが成功だと安吾は思っていた。

「『感じる』といふこと、感じられる世界の実在すること、そして、感じられるといふ世界が私達にとつてこれ程も強い現実であること、此処に実感を持つことの出来ない人々は、芸術のスペシアリテの中へ大胆な足を踏み入れてはならない」

 安吾はファルス論の体裁をかりて、すべての文学・芸術のあるべき姿を説いているのだ。

 
(七北数人)
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