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「織田信長」

 長篇「信長」の4年前に発表された短篇。末尾に(未完)とあるので、この時点で長篇化の構想があったのかもしれないが、構成や書きぶりはキレイに短篇の流儀にかなっている。

 いよいよ天下取りに王手をかける壮年期の信長が、老マムシ松永弾正と奇妙な交渉に入るところから話が始まり、中間部では斎藤道三との交流など信長のそれまでをざっと概観、再び弾正との不思議な交流で幕を閉じる。

 長篇「信長」が桶狭間の戦いで終わってしまうので、後年の信長を安吾がどう描こうとしていたか、その一端がうかがえて興味深い。が、本作の魅力はそこにとどまらない。短い中に、信長の精神論をギッシリ詰め込んであるので、全篇が名言の宝庫になっている。

「生きるとは、全的なる遊びである。すべての苦心経営を、すべての勘考を、すべての魂を、イノチをかけた遊びである」

「天下統一が何物であるか。野心の如きが何物であるか。実証精神の如きが何物であるか。一皮めくれば、人間は、たゞ、死のうは一定。それだけのことではないか」

 信長の実証精神を引き合いに安吾を論じる人は、この一節を腹に溜めておかないと本質を見失うだろう。

 必死の場所で光り輝くイノチなら、ふだんの形など卑しくても滑稽でもよい。目の前の敵、というより、あらゆるものに勝つために、死なない工夫だけは最大限し尽くしておく。それでも死んでしまったなら、それも本望。「死のうは一定」とはそういうことだ。

「ホンモノの悪党は、悲痛なものだ。人間の実相を見ているからだ。人間の実相を見つめるものは、鬼である。悪魔である。この悪魔、この悪党は神に参じる道でもある」

 信長・道三・弾正という3悪党。天下に味方は1人もいない。その孤絶の哲理をコトバではなく肉の身に染み込ませた、そんな同類がここにもいたと知る喜び。この悪党たちの詐略に満ちた心は、理屈抜きの生理的な友情で強く引き合う。死を見据えた友情には、なれあいも甘さもなく、ハードボイルドな凄みだけが静かにみなぎっている。

 
   
(七北数人)
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