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「教祖の文学」

 旧友小林秀雄に真正面から叩きつけた果たし状。とにかく文章にこもる熱気が凄い。歯に衣着せぬ、とはこうした物言いにこそ当てはまろう。

 戦争中に小林が分載発表した『無常といふ事』は1946年2月に刊行され、文壇の話題を席巻した。それこそ文芸評論の「教祖」に祭り上げられる勢いだった。

 同年10月、宮沢賢治の遺稿「眼にて言ふ」が『群像』創刊号に載る。天啓のように、この時、本作の骨格ができあがった。最近発見された安吾の同年同月頃のメモ帳に「(無常といふこと)に就て/宮沢賢治遺稿より出発のこと」と記されている。結局「眼にて言ふ」は本作中で全文、筆写された。よっぽど胸に響いたのだろう。

 果たし状の内容は、ドグマ批判である。他の小林作品と比べても『無常といふ事』には独断が多い。断定に次ぐ断定。不動・絶対・必然を説き、これがわからぬ奴はダメだと切り捨てる。強烈なカリスマ性をもって、生きている作家など論じるに価しないと吠え、小説は19世紀で終わった、とうそぶく。

 あらゆる権威と戦う覚悟を決めた安吾が、これに怒りをおぼえるのは当然だった。

 カリスマは、敵。小説は永遠に終わらない。絶対などというものはどこにもない。

「何も分らず、何も見えない、手探りでうろつき廻り、悲願をこめギリギリのところを這ひまはつてゐる罰当り」だけが本物の芸術を作ることができる。そういう芸術に参画できるのは、いま生きている人間だけじゃないか、と。

 文壇デビュー当時からの文学仲間であり飲み友達だった小林に、安吾は絶大な信をおいていた。誰に対しても偽りなく、小林を超える評論家はいない、と明言していた。

 小林の評論にはどれも、文学や芸術をあるがままの形で受け入れようとする姿勢がある。描きたい人物の心に、しずかに自分の心をしのばせて、同化・融合してしまう。安吾の小説の書き方とも似て、両者の作品には同質のかなしみが感じられる。

 だからこそ、すべてをわかり合える友達同士の、果たし合いを求めたのだ。その先に透きとおった「青空」が見えるといい。そんなこともきっと安吾は思っていただろう。

 
   
(七北数人)
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