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「外套と青空」

「白痴」の翌月(1946年7月)に発表された話題作。当時はよく「白痴」と並べて論じられたが、書かれたのはこちらが早く、2月以前には書き上がっていた。

 安吾の戦後小説では、ファルス仕立ての短篇「朴水の婚礼」と並んで最も早い時期の執筆ということになるが、どちらも戦中戦後の雰囲気は感じられない。そして共に、牧野信一ら文学仲間たちと飲み騒いだ日々の思い出がとけまじっている。

 三文文士の落合太平と、年配の親友生方庄吉、その不貞の妻キミ子との不思議な関係。入りびたる男たちの大多数がキミ子と寝ており、乱倫は必然のごとく死を指向しはじめる。

 淫乱症の気味がある悪女とその取り巻き、という構図はごく初期の短篇「小さな部屋」と同じで、その作でもやはり死の影が見え隠れしていた。

 太平だけは、キミ子を肉欲の対象としか見ていないから、死のうと言われても頷かない。他の間男たちは違う。キミ子の心まで所有したくて心中行にもつきあってしまう。しかしキミ子の心は、完全に夫に所有されていた。所有された心は、不倫のたびに、死を考える。

「外套」と「青空」は、やや倒錯的な劣情をあおる2つの小道具だ。タイトルが性欲の暗喩であるとしても、本作の眼目は、実は太平と庄吉の奇妙な友情のほうにある。

 太平には性欲しかないから精神的な不義は犯していない。そうは思っても庄吉は怒りを抑えきれず、いつも「この野郎! この野郎!」と太平を殴り、そうしてスッキリして熱い友情をとりもどす。「俺は君が憎めないのだ」「君だけは今でも信頼してゐる」

 さんざん殴ったあとで、そんなふうに言う庄吉がいじらしい。安吾のことを「ほんとの蒼ざめた悲しさの分る人だよ」と言ってかわいがった牧野の姿をほうふつとさせる。

 現実の牧野の妻はキミ子とはだいぶん違うが、庄吉の名前は、のちに牧野を主人公にして書かれた小説「オモチャ箱」と同じである。「オモチャ箱」で再三書きつけられた「鬼の目」というキーワードが、ここでも数回登場するのは偶然ではないだろう。

 キミ子が作ったエロティックな女体人形を、庄吉が肌身離さず愛玩していることも、夢に生き、夢の中で人形を育てていた牧野を象徴するようで、なんだか物悲しい。

 
   
(七北数人)
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