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「握った手」

 最晩年の1954年、安吾が次々と書いた軽妙な青春小説の1篇。

「目立たない人」に続くリアル・ファルスの傾向もあるが、本作はもっと明るく、現代のライトノベルに交じっていても違和感がない。

 タイトルがテーマにかかわることの多い安吾作品の例にもれず、これも簡単にいえば「好きな子の手を握ること」が物語の重大なカギになっている。こう言うとますます少年少女向けのイメージだが、内実はかなり屈折している。

 見知らぬ娘に一目惚れして、気がつくと手を握っていた、というところから恋が始まるのがまず異常だ。普通なら警察沙汰になる行為だし、これに味をしめた松夫が、女性の手を握ることに執着するサマはほとんど変態じみている。

 その昔、エリック・ロメールの映画にも、女の子の膝に触ることを悲願とするエロオヤジの話があったが、フェティッシュな情欲は滑稽で、薄気味わるく、少し切ない。

 一度の失敗でどん底まで落ち込んで、自分の手を「ケダモノの手」だと思う松夫だが、衝動に突き動かされて女性の手を握る、その行為には何物をも顧みない一途さがあった。本当はその一途さで、ケダモノのまま突っ走ればよかったのだ。

「縁がなかったのね、でも、それがよかったのよ。もう、みんな、すんだことですもの。もう取り返せないことよ」

 熱狂は、一旦冷めてしまえば、二度と燃え上がらない。ぷすぷすと焦げつくばかり。矢田津世子の、最後の日の言葉がダブって聞こえてくる。

「四年前に、私が尾瀬沼へお誘いしたとき、なぜ行こうと仰有らなかったの。あの日から、私のからだは差上げていたのだわ。でも、今は、もうダメです」(「三十歳」)

 タイミングを逃せばチャンスは消える。安吾は松夫をファルスの主人公に仕立てて、軽くいなしながら、自分自身のにがい思い出をかみしめていたのではないだろうか。

 それにしても、女性とはなんと不可解であることよ。

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