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「わが思想の息吹」

 安吾の自伝的作品群を読み解く鍵となるエッセイ。
「文学のふるさと」がそうであったように、これも非常にシンプルなようで実は奥が深く、読めば読むほど迷路にはまる。
 嘘は一つも書いてないが「実話と見るのは間違っている」と安吾は言う。
「私の自伝的作品の場合は、一つの生き方によって歪められた角度から構成された『作品』であって、事実ということに主点がない」
「何を選ばなかったか、何を書かなかったか、ということにも主点がある」
 この一節を読んで、自伝とは関係ないが、森鴎外の「山椒大夫」が思い浮かんだ。人買いの奴隷にされた姉弟の、わが身を犠牲にして互いの身を思いやるけなげな姿を描いた感動作。けれども、中世から語り継がれた原話では、力点が全く違った。虐待される描写が、連合赤軍の内ゲバをもしのぐほど執拗でむごたらしく、姉の惨死から弟の血みどろの復讐劇が始まる。最後は悪党どもの首を生きたままノコギリ引きして喝采を得る構成になっていた。
 鴎外は、これもまた執拗に、虐待と復讐の描写だけを削り取っている。みんなが知っている物語なればこそ、何を語らなかったか、ということの中に強固な抵抗の精神がのぞく。
 事実を一切まげなくても、物語は180度、転換できる。
 自伝に限らず、小説を読むということはおのずと、語る人の心ばえを読むことになるのだろう。書いている作家の息遣い、ためらい、甦ってくる切なさ、友人たちへの感謝……。何度も出てくる「いたわり」という言葉は、安吾の全作を浸している心境の一つだ。

 なお、古書店に出ていた本作の直筆原稿では「後記(再版に際して)」というタイトルが付してあった。まぎれもなく安吾自身の手書きだったので、もともと短篇集『青鬼の褌を洗ふ女』再版の後記として書かれたものだったことがわかる。ただし、再版が出たのは初版から半年後の1948年6月のことで、それより3カ月も前に現行のタイトル「わが思想の息吹」で雑誌掲載されたのが初出となった。

 
(七北数人)  
 
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