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「淫者山へ乗りこむ」

 矢田津世子と一時別れていた時期に書かれた異形の短篇。

 登場人物の心理は幾重にも屈折して、どう解釈していいか迷うところも少なくない。その屈折ぶりが、全く予想外の場所へとストーリーを導いていく。

 フィアンセの女性をあまりに侮辱した話じゃないか、という目で読むと、この作品は失敗作になってしまう。安吾の女性観はおかしい、と腹を立てる人もいるかもしれない。

 この時、安吾が矢田に会わなくなって1年以上たっていた。友人らを集めて催したドストエフスキー研究会の場が最後だ。バーのマダムとどん底のような半同棲をしていたが、1人でいると、一緒に山へ行こうと誘ってくれたあの人のことを思い出す。山へ行っていれば、2人はどうなっていただろう。自分は彼女に触れる勇気を持てただろうか。

 たぶんこれは、1年前の非常に壊れやすく揺れつづけた自分自身の心境を、現実の行為に仮託して描こうとしたものだ。

「青年は娘を強姦することによつて自らの宿命を試みやうと考へたのです。自らの悪徳を露出することのみがその悪徳を救ふ道だと言ひきかせました」

「救ひ」を得るために「贖罪の強烈な意識」を求め、そのために「罪」を犯そうとする、パラドキシカルな求道青年は、そのままドストエフスキーの小説から抜けでて来たかのようだ。

 許嫁と2人、山小屋で過ごすわずかな時間の狂おしいこと。現実は卑小な結果をしか生まないが、2人の内面に吹き荒れる情欲の嵐は見ものだ。

 このシーンを読むたび、きまって三島由紀夫の「潮騒」を思い出す。嵐の洞窟で、濡れた服を焚き火にかざす若い男女。遂には前を隠していた肌着もかなぐり捨てて「んのも裸になれ」と言い放つ少女を、映画では山口百恵が演じていた。フンドシを取る三浦友和に「その火を飛び越して来い」と叫ぶ、なんともストレートな肉欲の熱風――。

 安吾の本作でも、内面では同じだけの熱風が吹き荒れる。虚無的な悪意も、罪も贖罪も救いも、すべて吹き飛んでしまう、肉欲の熱風にはそれほどの破壊力があった。

 
(七北数人)  
 
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