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「盗まれた手紙の話」

 株式相場でも何でも霊感でピタリと当てられると豪語する精神病患者と、ひとやま当てたい深川オペラ劇場主との、虚々実々のかけひきが楽しいファルス。

 いかにも自然にそなわった霊能のように大風呂敷をひろげるこの患者、出資を請うて兜町へ長文の手紙を出したところなぞ、周到な詐欺師かとも疑われる。

 その手紙を盗んだ劇場主のほうは、株屋になりすまして男に会うわけで、こちらは付け焼き刃の詐欺師とでもいったところだ。悲しいかな、劇場主のほうが半信半疑で接してるぶん、患者のどっしりした構えには初めから負けているのだが……。

 ホンモノの予言者なのか、ただのパラノイアなのか、全部演技の詐欺師なのか、読者にもどこへ転ぶかわからない。作中、ポーや探偵小説の語が出てくるし、タイトルもポー作品のもじりなだけあって、謎ときを楽しめるように出来ている。

 あれこれ想像しながら、2人の奇妙な会話に巻き込まれていくうちに、ストーリーは二転三転、意外なような当然のような、一種神々しい地点へ着地する。

 自伝小説「二十一」や「母」に登場する豊山中学の親友・沢部辰雄の入院生活がモデルになっているので、患者たちや看護人たちの描き方にもリアリティがある。

 後年、アドルム中毒で自らも精神科に入院した安吾は、精神病患者のほうが健常者たちよりも内省的で慎み深かったと「精神病覚え書」に記している。そして「より良く、より正しく生きようとする人々は精神病的であり、そうでない人々は、精神病的ではないが、犯罪者的なのである」と締めくくった。

 それよりずっと前、戦前に書かれた本作でも、安吾の目は精神病的な人間のほうに、より多くの信実を見ている。主張も後年と同じようだ。

 狂っているのは誰だったのか。あるいは、生きてる者は誰もみな、どこかしら狂っているということなのか。神様が神様を裁くことはない──冒頭に置かれた標語のような文句は、犯罪者的な世間へ打ち込まれた火の矢だ。

 
(七北数人)  
 
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