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「青春論」

 開戦後、「日本文化私観」と同年に発表されたパワーみなぎるエッセイ。

 一生涯、たとえ70歳になろうとも、自分は青春のただなかにいる、しかもその青春は常に、淪落の世界だという。淪落とは辞書でみると、落ちぶれて身をもちくずすこと、堕落、沈淪とある。

「淪落の世界も、もし独立不羈の魂を殺すことが出来るなら、これぐらゐ住み易く沈淪し易いところもない」

 安吾は共感をこめて、旅回りの芸人やサーカス団員の生活を想像する。世間にマットウとみられない職業の者たち。小説家などもまさにそれだ。何ものにも縛られない日々──。

 しかし、芸の出来不出来に明日の命がかかっている。さらには「独立不羈の魂」が我が身を苦しめる。その世界を愛するがゆえに、その世界で高まりたい、一途な思いが命をギリギリと削りにかかる。逆に言えば「独立不羈の魂」は淪落の世界からしか生まれない。

 対比されるのは「大人」の世界だ。礼儀道徳わきまえて、身なりもしっかり、人にやさしく、歩調合わせて歩いてゆくのはラクだろう。

 安吾は淪落の世界の象徴として、若き日の宮本武蔵をもちだしてくる。勝つことでしか生の充実を味わえない男が、死にたくない一心で、どんな手段を使ってでも相手を倒す。その激しい生きざま、そのイノチガケの魂が、奇蹟を生み出すこともある。

 ゲーテの「ファウスト」のように、命に代えてもいいほど美しいと思える一瞬を見つけられれば、淪落の生が無限の輝きに包まれるはずだ。

 作中唐突に、結核性関節炎で早世した姪の話が出てくる。姪は幼くして詩に心うごかされる甘さを捨てた。しかも現実に奇蹟が起こることを一切期待しない。壁のような心。完全な孤独。「青春」は彼女の中には、なかった。

「この話はたゞこれだけ」と断っているが、安吾は彼女にも青春を見せてやりたかったに違いない。奇蹟を起こしてあげたかった。そういう時、一縷の望みは、一心不乱の淪落の芸の中にこそ見いだせはしないか。青春の、傷だらけの、祈りの中に──。詩などクソの蓋にもなりはしない。ましてや大人の世界など!

 
(七北数人)  
 
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