坂口安吾デジタルミュージアム
  坂口安吾デジタルミュージアム HOME  
introductionPhoto introduction
坂口安吾ってどんな人?
あなたにおすすめの作品
 
ArchivesPhoto Archives
作品データベース
年譜
その他のデータ
NiigataPhoto # Niigata
# 新潟安吾観光MAP
# 安吾賞 松之山情報
# 新潟でのイベント
 
安吾コミュニティ
コラム ブログ
作品紹介 遺品紹介
安吾リンク集
 
 
作品紹介
 
「波子」

 1941年の1年間に安吾が発表した唯一の小説。

「『死花』といふ言葉がある」

 太平洋戦争開戦前夜の空気を反映して、こんな不穏な一文で始まる。

 火の心を宿した破滅型のヒロインを描くために、異常に読点の多い文体が選ばれている。荒い息づかいを感じさせ、すらすらとは読ませてくれない。戦後「恋をしに行く」や「花妖」などでも用いることになる手法だ。

「思ひきつて、大きなことをやりなさい、家も、財産も、名誉も賭けて、みんな粉微塵にしてしまひなさい」波子は心の中で父にハッパをかけ、父伝蔵は波子のことをこう思う。

「脆いほど、鋭く、かたい。いつ、崩れ、いつ、とびちるか、分らない。崩れゝば、地獄へおちる」

 ふだんの波子は宝塚や映画が好きな平凡な娘だったが、死への憧れももっていた。美しい死というものがもしあるのならば……。それはちょうど、安吾が可愛がっていた松之山の姪、村山喜久とイメージが重なる。20歳で池に身を投げた喜久も、宝塚ファンだった。

 1938年、喜久の死の直後に、長篇『吹雪物語』が刊行されたが、それから終戦までの7年間、安吾は現代小説から逃げていた感がある。歴史小説、説話、ファルスを数篇ずつと、あとは回想や自伝の要素を含む短篇やエッセイばかりで、現代の純然たる創作は「木々の精、谷の精」と「波子」しか書いてない。共にヒロインのモデルは喜久だ。

 波子は耐えがたい縁談を父から押しつけられ、激しく抵抗するが、父や家を捨てることもできない。それらは波子の心やカラダと不可分一体のものだったからだ。父のヘンな敬語の説得が、呪印のように頭にこびりつく。

 波子の心には常に風が吹いていた。「吹き当る涯がない」「暗い、ものうい風」。

 そしてキリシタンの娘たちが殉教したという島を父と旅行して、波子は思う。

「今は、山も、杜も、海も、たゞ青々と変哲もなかつたが、波子は、なにか、なつかしかつた」

「死花」で始まり「殉教」で終わる。

 一語一語、言葉がつかえて、重くのしかかってくる感じだ。魂が現実から引きはがされていく冷え冷えとした心象風景を、安吾は波子の目で、しずかに見つめている。

 
(七北数人)  
 
Copyright (c) 2005-(財)新潟市芸術文化振興財団. All rights reserved. このサイトについて 個人情報保護方針 ご利用規約 お問い合せ