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「をみな」

 「母」をテーマにした異形の短篇。

 三部構成で、前段は少年時代に母と憎しみ合った話、間に友人との会話が置かれ、後段では愛人との逃亡潜伏先へ愛人の娘が訪ねて来た顛末が語られる。

 自伝的な要素の濃い内容だが、全篇に毒気が充満していて、作品中の感慨をそのまま本人の正直な心情と見ることはできない。安吾全作の中でも、これほどに悪罵の連続する偽悪的な小説はないだろう。

 母への反発から荒天の海へ貝をとりに行くエピソードは「石の思ひ」にもあるが、心の裏側には母への「命をすてるほどの」愛があったことは「をみな」では書かれない。逆に「かりそめにも母を愛した覚えが、生れてこのかた一度だつてありはしない」と記す。

「ところが私の好きな女が、近頃になつてふと気がつくと、みんな母に似てるぢやないか!」

 この一文をより効果的に響かせるための毒が仕込まれているのだ。

 母に似てる女の筆頭が、後段の愛人だろう。

 この時、安吾は満29歳。バーのマダムお安さんとひっそり浦和で生活していた、その現時点での執筆作品で、発表後すぐに同棲をやめて、母のいる蒲田の実家へ戻っている。つまり、前段も後段も“いま”同居する身近な女性たちを悪罵するものだ。悪罵はそのまま自分にはね返り、侮蔑の刃を自分の胸に突き立てることになる。読んでいて苦しくなってくる。

 間をつなぐブリッジがまた、気軽に橋渡しをしてくれない。舞台裏の、母をめぐる友人との会話だが、何度読んでもわからない部分がある。

 聖母の慈愛を無条件に畏敬する純潔さ——その中には、宗教的歓喜があると同時に、自己をもたない、殉死につながる危うさがある。その慈愛を拒絶したとたん、悲しみに満ちた、人生の険しい行路が始まる。それは「嘘と汚辱の中」かもしれないが、そこにしか本当の生はない。言い換えれば、悲しみが生きる糧になる、ということだ。

 要点はこんなところだろうか。この主張の前後にも少し謎めいたエピソードがある。ブリッジの解釈如何で、作品全体のイメージが大きく変わることもありそうだ。

 
(七北数人)  
 
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