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「デカダン文学論」
「堕落論」の文学篇、といった趣のあるエッセイ。言葉のひとつひとつが熱く、しかも文章の密度が濃い。読むたびに、あちこちでドキッとさせられる。

 ここでヤリ玉に挙げられるのは、島崎藤村、横光利一、夏目漱石。当時から文豪の名をほしいままにした大作家たちだ。

「彼等はある型によつて思考してをり、肉体的な論理によつて思考してはゐない」
「彼の道徳性、謹厳誠実な生き方は、文学の世界に於ては欺瞞であるにすぎない」
「失敗せざる魂、苦悩せざる魂、そしてより良きものを求めざる魂に真実の魅力はすくない」

 文豪たちを完全否定である。こんなことを書いて、よく仕事を干されなかったと感心してしまう。

 型どおりの苦悩——。「文学臭」とか言われて毛嫌いされる小説の多くに、実はこれがある。深刻な文学だからクサいんじゃない。ニセモノだからクサいのだ。

 安吾はこのパターン化された苦悩、理論ででっちあげられたニセの文学精神を「幽霊」と呼ぶ。ホンモノの、生きた人間の苦悩は型どおりには進まない。常に理論をはみだして、のたうちまわる。百人百様に。

 そして、底の底まで苦悩を突きつめた魂は、どこかで狂気をはらむ。「自己破壊」を起こす。書き手と主人公との「距離」が不分明になるほどの混乱が生じるものだ。いつも正装、咳払いして書いてる者には、本当の苦悩はわからない。

 いつの世も誤解されまくる「堕落論」の根本のところ、「道義頽廃、混乱せよ」という叫びの意味が、より身近に、生身に食い入るように感じられる。

 人間の心はブレる。愛も欲望も悪意も、みんなブレる。それでいいのだ、と安吾は思う。ブレる自分をまっすぐに見つめること。そこだけ、ブレないようにすればいい。

「私はたゞ、私自身として、生きたいだけだ」
「私はたゞ人間を愛す。私を愛す。私の愛するものを愛す。徹頭徹尾、愛す」

 文学の道を志す人にとっては特に、必読のメッセージ集になっている。

 
(七北数人)  
 
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