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「恋愛論」

“恋”と“愛”とはどう違うのか、独自の定義から始まる一風変わった恋愛論。

「恋愛というものは常に一時の幻影で、必ず亡び、さめるものだ、ということを知っている大人の心は不幸なものだ」

 本題はこんな身もフタもない一文で始まる。ときめき真っ最中の男女がこれを読めば、なんでこんなこと書くの、と怒るだろう。けれども安吾には、人の恋路をじゃまするつもりは毛頭ない。幻影と知りつつ、理性など弾け飛んで、心揺さぶられるのが恋愛だ。各人各様、自分の気持ちに正直であるなら、不倫の恋も断罪すべきでないと言う。

 プラトンの昔から恋愛論は無数にあるが、実用の役に立つ本はほとんどない。役に立たない上に、恋愛なんて論じること自体がナンセンスであったりする。

 安吾の基本スタンスも実はコレだった。恋愛は本能のひとつだから、生物は自然に恋をするようにできている。たとえアイドルグループの一員であろうと、生きているかぎり誰にも止められない。だから論じる必要もない。

「生きることが愛すことのシノニイム(同義語)だ」と「青春論」で言っていたのはそういうことだ。そこから、恋愛論イコール小説論にもなっていく。人はなぜ生きるのか、なぜ恋するのか、なぜ苦しみ悩むのか、なぜ小説を書くのか、すべてが同義語になる。

 本作と同じ頃発表されたエッセイ「私は誰?」のなかでは「芸術は、生きることのシノニムだ」とも書いている。

 恋の喜びよりも、恋の苦しみこそが生きがい。そう感じるのは小説家の業(ごう)か。

「人生において、最も人を慰めるものは何か。苦しみ、悲しみ、せつなさ。さすれば、バカを怖れたもうな」

「孤独は、人のふるさとだ。恋愛は、人生の花であります。いかに退屈であろうとも、この外(ほか)に花はない」

 恋愛論というより失恋論めいたところもあるので、どちらかといえば、恋で死ぬほど悩んでいる人にお薦めしたい。読めばチョットは気が楽になるかも。

 
(七北数人)  
 
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