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「桐生通信」

 桐生の町や人のようすを穏やかな眼で眺めた連載エッセイ。最新版全集の第14巻に初めて収録された。

 最晩年の1954年3月から12月まで、長期にわたり新聞連載されたが、1、2カ月に1回、各5枚ぐらいのを8回なので、全篇あわせても大した分量にはならない。

 連載形式のゆるさに見合うように、内容もゆったりしている。それまでの安吾の生活からは考えられなかった、余裕のある、小さな幸せの積み重なった時間。

 ヘプバーンとモンローの魅力を比較してみたり、サンマの味がする変なアユがなぜ出来たか分析してみたり、家主の書上さんとゴルフ場に行きながらまるで打ちっぱなしのようにドライバーの飛距離だけを争うことに熱中したり……。

 桐生の生活を楽しみながら、いろいろ発見(どうでもいいような小ネタばかりだが)などしている様が微笑ましい。

 もちろん安吾のことだから、桐生を手放しで褒めることはしない。「個人的な」商工業都市だから「商魂もたくましい。ウカウカすれば隣人の目の玉もぬく機敏さが露骨で、むしろ好感がもてる」町だと、曲がりくねった褒め方をする。

 織物の町だから「案外女性的」な性格があり、明るく陽気なお祭り好きだ。山奥でほとんど文明を知らずに育った娘が女中にやって来る。でも彼女たちも流行歌は全部ラジオで聴いて知っている。ガスと電気をまちがえて「殺されかけたこともあったが、これくらい何も知らずに働きにきてくれる子は、かえっていじらしく、かわいいものだ」と、こんなふうに書く安吾は、すっかり桐生の町と人とが気に入ったみたいだ。

 小学校の運動場の話や、冬の気候の話などでは、おのずと新潟にいた頃の回想がまじり、桐生との比較が始まる。運動場のない、雪国のつらかった思い出を語りながら、今ではすっかり変わってしまった新潟に小さな違和感をおぼえる。

 つらい思い出もみんな懐かしいのだ。じめじめと暗い冬をくぐり抜けた愛おしい記憶。そんな感情が、いま住んでいる桐生への愛着と微妙なルートでつながっている。二つの町はどこか、似ているのかもしれない。

 
(七北数人)  
 
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