坂口安吾デジタルミュージアム

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作品紹介

「出家物語」

 生き馬の目を抜く戦後の混乱期、たくましく世渡りする男女の、奇妙な関係を描いたファルス。

 中間小説という言葉が作られて間もない時期、その見本のような短篇をあつめた年間傑作選集に採録された。昔も今も中間小説というと風俗小説的なぬるま湯の感じを伴うが、安吾の本作はまるで別種、奇怪で突出したものがある。

 猫肉や鼠肉など入ったヤミ鍋さながらの怪しいオデン屋で大儲けした幸吉に、叔母さんが縁談をもってくる。相手は美人の戦争未亡人だというが、その未亡人キヨ子に叔母さんが何と言って幸吉を紹介したか、まず、この途方もない毒舌に読者は度肝を抜かれるだろう。なにしろ一つも褒めていない。いまどきのチンピラも真っ青のキタナイ言葉が機関銃のように繰り出される。ここまで罵倒されまくる甥の幸吉もまたスゴイが、これで見合い話がうまく行くわけがない、と思いきや、キヨ子はすんなり見合いを承諾する。

 この小説、一番の傑物はこのキヨ子で、予測のつかない男あしらいをする。何人もの男と関係をもち、平気でソデにしたり、悪びれることなく、また平気で戻って来たりする。情欲においては凄まじく、でも事後はアッサリしている。底意がなく、本能のおもむくままに行動する。恥ずかしさの感覚もほとんどなく、明るい部屋でも平気で裸体をさらす。

「飾り窓の中の人形のように手脚がスクスクとのびていて、白く、なめらかであった」

 幸吉がとりこになったキヨ子の裸体の魅力は、彼女の性格の魅力と一体だろう。

 本作の2カ月前の短篇「決闘」は、特攻兵と戦争未亡人と処女とが、自分の心から欲するものに気づき、理不尽なものへの反逆を始める話だった。まさに「堕落論」の小説化というにふさわしい展開だったが、本作もまた、別の角度から「堕落論」を体現している。

 より本質的な堕落者=エゴイズムを持たない聖女。

 見事にフラれて「変に胸が澄むような気持」になった幸吉には、キヨ子への讃嘆の思いしかなかった。このラストに共感できるかできないか、これが読者個々の「堕落論」評価の分かれ目にもなりそうだ。

(七北数人)