坂口安吾デジタルミュージアム

HOME

作品紹介

「作家論について」

 1941年6月、『現代文学』の特集「作家論をめぐって」欄に発表されたエッセイ。

 作家論というものが「たゞ作家の姿を探すといふだけの労作なら、創作集の無駄な序文のやうなものだ」という辛辣な一文で締めくくられる。

「作品紹介」なぞ執筆する身としては戦々兢々だが、肝心な点は「作家の本質を捉えること」が作家論の眼目ではない、ということだ。作家に仮託して自分(評者)本人の表現したいことが表現できているかどうか。安吾はそこを、そこだけを、問うている。

 その結果、本題の「作家論について」はそっちのけで、「作家はなぜ文章を書くか」という根源的でセンシティブな問題について、きわめて熱心に語るエッセイになった。

 面白いことに、ここで安吾は「自伝」を書きたい気持ちを宣言している。2、30年後には書くかも、とあるが、これがコトダマとして作用したのか、実際にはこの2年後、早々と自伝的小説「二十一」に着手することとなる。

「我々は小説を書く前に自分を意識し限定すべきではなく、小説を書き終つて後に、自分を発見すべきである」

 これこそが、自伝を書こうと思い立った第一の動機だろう。安吾の「自伝的小説」は、自分自身にも曖昧で不確かな自分の心を「発見」しようとするものだ。過去を生きた自分の心を、いま書いている自分の心と対照することによって、何が見えてくるか――。

 もっとも、この時点では「自伝以上に、他人の伝記を書きたい」と思っていた。この頃から書き始めていた歴史小説なども、これに当てはまる。

 なぜ「他人の伝記」を書くか。ここにも、新しい自分の発見が賭けられていた。「できるだけ自分を限定の外に置き、多くの真実を発見し、自分自身を創りたいため」だという。

「僕は小説を書きながら、その悔恨の最大のひとつは、巧みに表現せられた裏側には、常に巧に殺された真実があつた、といふことであつた」

 歴史小説ならば、自分(書き手)の心理は、物語とは独立して、在る。主人公たちの心理を、自在に掘り下げられる。行動を決めた時の心理、選ばなかった選択肢、いくつもの真実が、消えず去来する。そういう書き方ができる。

 自伝でも、安吾のやり方ならば、それができる。自分の過去もまた、一つの歴史だから。

(七北数人)