坂口安吾デジタルミュージアム

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作品紹介

「花咲ける石」

 安吾最晩年の剣豪小説。群馬発祥の剣法「法神流」の達人須田房吉の、無敵の強さと天真な生きざまとを描く。

 法神流の末裔たちのことを、安吾は先に空想の伝奇ロマンとして書き上げた。その「女剣士」から3カ月後、今度はさかのぼって始祖たちの行跡を史実に基づいて書いている。

 勝つためなら何でもやる、死にもの狂いの剣法を愛した安吾は、本作でもその先駆者として宮本武蔵や馬庭念流を引き合いに出す。ひとたび立ち合いとなれば、作法など無意味。開始終了の合図すら二の次。全神経を張りつめさせて一撃にそなえ、一撃を狙う。

 そういう実戦剣法だから、たるみきった御用剣道に負けるはずがない。江戸ではあちこちに恨みを買い、多人数で闇討ちをかけられたりするが、房吉はケガ一つ負わない。

 最後には、神道一心流の山崎孫七郎らが卑怯にも弓や鉄砲隊を潜ませて待つ敵地へ、たった一人向かって行く。ここに至ってはもう、絶対死なぬための工夫はない。逃げるか、むざむざ死にに行くか、どちらかだ。安吾は房吉の心中をこう書く。

「小さな死処に心魂をうちこむこと、これも人の大切な生き方だろう」

 敵はどうか。「勝つためなら何でもやる」ことに違いはない。しかし、何に勝てただろう。憎しみから人を殺す、無益でおぞましい目的を果たしただけだ。集団で。薄笑いを浮かべて。山崎らの存在理由であった剣法は地に落ち、生涯「卑劣漢」の名を背負う。

「剣を真に愛する者は、剣に宇宙を見、またその剣の正しからんことを願うものだ」

 命を獲り合うことは同じでも、「人間」の違いが圧倒的だ。死後の大評判がまた、やんややんやの書きぶりで、ほのぼの、晴れ晴れした気持ちになれる。

 なお、房吉がこもって修行した山の名前が「久呂保山」で、2カ月前に安吾が発表した小説「保久呂天皇」のパロディだろうと初めは思った。房吉の祖父が「治右衛門」というのも、まんま坂口家の先祖の名前じゃないかと笑ったものだが、単なる偶然らしい。

 本作の典拠研究については、原卓史『坂口安吾 歴史を探偵すること』に詳しく、登場する人名・地名・事跡など、すべて『群馬県史』に記されているままの、いわゆる「事実」であると確かめられている。

(七北数人)