坂口安吾デジタルミュージアム

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作品紹介

「輸血」

 1952年発表の現代劇。全一幕。安吾の戯曲は、戦前の「麓〔戯曲〕」と本作の2作のみ。

 夫婦で暮らす家に、弟がカノジョを連れて駆け落ち同然、転がり込んでいる。そこへ妹夫婦と母がやって来る。妹夫婦の離婚問題を相談しに来たのだ。

 出てくる人間が皆ヘンテコで、それぞれが言いたい放題、いがみ合いが続く。でも、「飼うなら、豚がいいなア」とか「結局冷蔵庫はお茶の間ですね」など、ユーモラスな話題がちょくちょく入って、案外たのしい。

 男はみんなダメオだ。主人は無責任な酒飲みだし、弟は気弱なヘタレ、なぜかそこにいる「飛行士」は特攻兵の生き残りなのか、幻想の中で何度も何度もツイラクを繰り返す。

 女たちは言葉も気持ちもキツイ。特に妹は自由奔放な毒舌家だが、最悪なのは母親。慇懃無礼で、専制君主の気質をもっている。いまだに「女大学」や世間の偏見を鵜呑みにしていて、娘の離婚可否について「頭のよい方にきいていただいて公平に判断していただく必要がある」と言って譲らない。このウチにはダメオしかいないのに――。

 娘二人から責め立てられ、母は「近ごろだんだん血がつながらなくなった」と言い出す。この発言じたい突拍子もないが、そこで「輸血」という発想が現れる。母は自分にまつろわぬ者たちを自分に同化させんとの魂胆で、皆に自分の血を輸血したがるのだ。

 当時の輸血はまだ、供血者が隣に寝て行う「枕元輸血」が主流だったが、梅毒感染の事故などが起こったため、保存血を用いるようになっていく。そのための東京血液銀行が設置されたのが本作発表と同年のことだった。血を「移植」するイメージには、幾分かの気色悪さがつきまとっていたかもしれない。

 すべてが崩れ去っていくような話の中で、妹の仕掛けるどんでん返しが面白い。脱け出せばいいのだ。古いモノは全部捨ててしまってもいいのだ。

 余白の多い戯曲なので、読者ひとりひとり、どういうふうにも読めるだろう。

 なお本作は1952年の年間優秀作品として、日本文芸家協会編『戯曲代表選集』1に収録され、54年12月、炎の会により渋谷公会堂で初演された。今年2018年7月4日から、演劇集団アクト青山により、新たに上演されるらしい。どう演出されるか楽しみだ。

(七北数人)