坂口安吾デジタルミュージアム

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作品紹介

「真書太閤記」

 7回にわたって雑誌連載された歴史小説。著者急逝によりラスト2回は没後発表となった。

 奇しくも長篇「信長」のラストと同じ、桶狭間の戦いで終わる。「秀吉の名が信ずべき史料に現れてくるのはこれからだ」と抱負を述べたところで計ったように終わっている。連載期間中、別の雑誌に「狂人遺書」を発表、先回りして秀吉の死を描いていた。これもまるで虫の知らせでもあったかのように不思議な感じがする。

 ともあれ、安吾が最も好きだった戦国の二大武将が信長と秀吉なので、魅力あふれる秀吉が生き生きと描かれている。信長の草履をフトコロで温めたとか全く秀吉らしくない後世の作り話は全部除外。より真に近い秀吉だけを選びとって肉付けしている。

 文体は講談調、ファルス調で、誰が書く秀吉よりも饒舌でコミカル、猛烈なスピードで走り回る。信長の腹心だろうが豪傑だろうが、否、信長その人に対してもほとんど言いたい放題、安吾描く秀吉の暴れっぷりは痛快で、比類なく楽しい。

 あちこちで大ボラ吹くが、言ったが最後、あらゆる難題を手品のように解決してしまう。少年読み物の「太閤記」にあった面白さは全部含まれていて、それに加えてどんな戦略家より上を行く心理のカケヒキも描かれる。

 この書き方なら桶狭間以降も長く続けられたに違いない。

 連載終了の2カ月後から、檀一雄が同じ雑誌に続篇を書き継いだ。安吾調を模してちゃんと形を整えられる作家として、檀以上の適任者はいない。高木彬光による「復員殺人事件」の続篇など、文章のウマい高木がわざとヒドい文体を模造して、読むに堪えなかったが、檀のは見事だった。

 それでも、どうしても歴史を追うことが主になってしまい、生き生きした秀吉は徐々に影をひそめていく。コミカルな口調を真似していても、突き抜けたところがないから笑えない。結局、檀も乗り切れない感じのまま、本能寺の変でペンをおいた。

 続篇も連載終了と同時に河出新書で刊行されたが、檀没後の全集には収録されず、一九八二年に安吾との合作の形で六興出版から刊行されたのを最後に、世に出ていない。

(七北数人)