坂口安吾デジタルミュージアム

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作品紹介

「蝉」

 決して万人にはお薦めできない、作者初期の神経症的不安の文学。不穏な気配が全篇を覆い、心して読まないと痛棒を食らう。

「あるミザントロープの話」という副題が付いている。Misanthrope はフランス語で「人間ぎらい」の意味。主人公の「私」(戸張青年)は、かつて音楽家を志したが、才能に絶望して無為の日々をおくっている。部屋にいると、同じ下宿の住人たちが入れかわり立ちかわり訪れ、好き放題に喋り散らし、泣いたり愚痴をこぼしたり、悪ふざけしたり喧嘩したり、強姦やDVもあり……そんな毎日だ。

 同時進行で連載中だった中篇「竹藪の家」のヴァリエーションといった趣もあり、神経を病んだ人しか出てこない。どこにも行き場はない。醜く疎ましい騒音だらけの世界。けれどもときどき、詩のように美しい言葉がこぼれ落ちる。

 タイトルに使われた「蝉」の声も、重層する騒音の象徴でありつつ、「静かに、深く遠くシンシンとして」「鳴きしづもる」。芭蕉の句の奥深い詩情を高く評価していた安吾は、この時おそらく名句「閑さや岩にしみ入る蝉の声」を念頭に置いていただろう。

 騒音と汚泥のただなかに在るがゆえの、しずかさとやすらぎ。

 後日談として描かれる幻想的なラストは、奇妙に白っぽく、やるせないほどに美しい。ある者は失踪し、ある者は狂い、ある者はくびれ死んだ。「真つ暗な、底の知れない深い崖」に立って、「私」は狂おしくも透明な幻にすがりつく。

「一緒に連れて行つてお呉れ。遠い処へ行つてしまほふ……」

 煌めく一筋の光。ずっと後年の「白痴」へつながる一筋の光の道がここにも延びている。木立深い坂道を、互いのからだを重ね合って転がり落ちていく自分と人妻との禁断の恋を、仮想空間なればこそ、生き生きと息づかせることもできる。彼らを後戻りできない旅へと旅立たせて……

 安吾はこれ以後、詩から小説への道へ歩みはじめることになる。

(七北数人)