坂口安吾デジタルミュージアム

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作品紹介

「淪落の青春」

 安吾文学のカオスな魅力がぎっしり詰まった未完の短篇。

 1948年1月、安吾や太宰、石川淳、伊藤整らそうそうたるメンバーが同人に加わった文芸誌『ろまねすく』に発表されたが、創刊号のみで廃刊となったため、続きはない。

 歴史小説で火のようなイノチガケの人間たちを登場させてきた安吾は、この時期、特攻兵を描いた「決闘」など、現代小説にも火を持ち込みはじめていた。

 本作でも、戦火のニオイをまとった人物が異常な火を発する。

 ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」同様、性格の異なる3人兄弟が登場するが、特に長兄正一郎にはカラマーゾフの長兄ドミートリ―と似た面影がある。ヒステリックで暴力的、犯罪に流されていく弱さをもった生きづらい男。この男と不敵な使用人たちとの罵り合いが非常に面白く、クスクス笑って読んでいると、喧嘩の結末に戦慄が走る。

 満洲から引揚げてきた次兄の幸蔵は俗物で、イワン・カラマーゾフとは似ても似つかない。復員兵の末弟貞吉もアリョーシャとはかなり違うが、ビルマの原始的な生活に憧れる自然児という設定で一風変わっている。まだどこへ流れ着くかも見えないが、諦念、というより、何事もなるようになると達観しているような、いくらか安吾自身にも似た性格がかいま見え、何か事が起こればハードボイルドの主人公にもなりうる男だろう。たぶん簡単に、我が身を捨ててしまえる。してみると、安吾版アリョーシャともいうべき「街はふるさと」の放二へとつながっていく下地はありそうだ。

 このほかに自由奔放な異母妹の衣子や、明るく素直な女中のお園、エロ芝居に出る野性的なツネ子と、3人の娘がそれぞれ別種の、神秘的な肉体を感じさせる。

 独特の個性をもつ登場人物が多く、これから先どうなるのか、まさにカオスの展開が期待されただけに、未完で終わってしまったのが惜しまれる。未完のせいか、冬樹社版の全集刊行まで埋もれており、現在に至るまで一度も単行本収録されたことはない。

(七北数人)