作品

作品名 波子
発表年月日 1941/8/28
ジャンル 純文学・文芸一般
内容・備考  1941年の1年間に安吾が発表した唯一の小説。
「『死花』といふ言葉がある」
 太平洋戦争開戦前夜の空気を反映して、こんな不穏な一文で始まる。
 火の心を宿した破滅型のヒロインを描くために、異常に読点の多い文体が選ばれている。荒い息づかいを感じさせ、すらすらとは読ませてくれない。戦後「恋をしに行く」や「花妖」などでも用いることになる手法だ。
「思ひきつて、大きなことをやりなさい、家も、財産も、名誉も賭けて、みんな粉微塵にしてしまひなさい」波子は心の中で父にハッパをかけ、父伝蔵は波子のことをこう思う。
「脆いほど、鋭く、かたい。いつ、崩れ、いつ、とびちるか、分らない。崩れゝば、地獄へおちる」
 ふだんの波子は宝塚や映画が好きな平凡な娘だったが、死への憧れももっていた。美しい死というものがもしあるのならば……。それはちょうど、安吾が可愛がっていた松之山の姪、村山喜久とイメージが重なる。20歳で池に身を投げた喜久も、宝塚ファンだった。
 1938年、喜久の死の直後に、長篇『吹雪物語』が刊行されたが、それから終戦までの7年間、安吾は現代小説から逃げていた感がある。歴史小説、説話、ファルスを数篇ずつと、あとは回想や自伝の要素を含む短篇やエッセイばかりで、現代の純然たる創作は「木々の精、谷の精」と「波子」しか書いてない。共にヒロインのモデルは喜久だ。
 波子は耐えがたい縁談を父から押しつけられ、激しく抵抗するが、父や家を捨てることもできない。それらは波子の心やカラダと不可分一体のものだったからだ。父のヘンな敬語の説得が、呪印のように頭にこびりつく。
 波子の心には常に風が吹いていた。「吹き当る涯がない」「暗い、ものうい風」。
 そしてキリシタンの娘たちが殉教したという島を父と旅行して、波子は思う。
「今は、山も、杜も、海も、たゞ青々と変哲もなかつたが、波子は、なにか、なつかしかつた」
「死花」で始まり「殉教」で終わる。
 一語一語、言葉がつかえて、重くのしかかってくる感じだ。魂が現実から引きはがされていく冷え冷えとした心象風景を、安吾は波子の目で、しずかに見つめている。
                      (七北数人)
掲載書誌名
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