内容・備考 |
安吾が初めて書いた推理小説であり、江戸川乱歩の絶讃をうけて探偵作家クラブ賞を受賞した名作。
ただし、これは「文学作品」ではない。ふつう一般の推理小説とも相当ちがっている。
古今あまたの推理小説は、スリルとサスペンスに富み、多かれ少なかれ怪奇な要素をもつ。ポー、ドイルは言うに及ばず、安吾が最も好きだと言うクリスティでさえ、殺人現場は凄惨、残虐をきわめ、そこに耽美が匂う。犯人を捜し出すことが自分たちの生き残りのカギにもなる、そんな緊迫感にせきたてられるようにページをめくる。
小説を読む醍醐味がこれだとしたら、この長篇は畸型である。
何もないのだ。殺人現場に残酷さがない。恐怖に色を添える小道具がない。それより何より、殺人が8つも起こるのに、恐怖がない。雪山でも孤島でもない出入り自由の館の中で、逃げ出しもせず漫然と居つづける被害者候補たち。誰も彼も、ほとんど怖がってもいない。
怪奇耽美の味わいを出すことにもたけていた安吾が、本作ではあえて、文学的な要素をすべて排除した。安吾のめざした推理小説は、純粋に謎解きを競うゲームである。「文学」のもつあいまいさ、解釈の多義性がジャマだったのだろう。複雑な人間関係そのものがトリックになる本作では、この書き方が必然でもあった。
誰が犯人か、ただもう純粋にそれを当てることだけに読者は集中すればいい。当たっても外れても、新鮮な驚きが待っているはずだ。
逆に、ゲームに参加する気のない人には、ほとんど読む価値がない。それほどに、これはゲームとして徹底されている。
(七北数人) |