作品

作品名 時計館の秘密〔明治開化 安吾捕物8〕
発表年月日 1951/6
ジャンル 推理小説 歴史
内容・備考  捕物帖第8話は、前話と同じく幕末から始まる、江戸情緒の濃厚な物語。
 上野寛永寺の戦いに参じた旗本梶原正二郎が主人公で、そのとき身ごもっていた妻の久美と再会するまでの苦難の半生が全体の三分の一にわたって語られる。
 望月彦太ら愚連隊の仲間に戦場へ引っぱり込まれ、彼らと塩竃(シオガマ)まで逃れたあと、正二郎はなんとか愚連隊と手を切って、現地妻をつくる。映画「ひまわり」のような悲恋かと思いきや、現地妻お米とその母お源の強欲非道ぶりは呆れ返るばかり。
 20年後、東京で成功した正二郎は、気立てのいい芸妓の駒子を妾にするが、運命のいたずらか、駒子の母親が妻の久美だとわかる。もっとも、よく聞いてみると父親は正二郎ではなく、正二郎とは悪縁の望月彦太だという。駒子の姉(コレが正二郎の実の娘)は、盲目になった母の久美やアンマの義父と共に貧民窟に住んでいるらしい。
 一葉の「十三夜」などの新派劇を思わせる運命悲話。「浄ルリをきくような」という言葉も作中に出てくる。これが意外にハマっていて、安吾は新派も書けたのかと驚かされる。
 花田清輝はエッセイ「捕物帳を愛するゆえん」で本話を絶讃し、貧民窟のくだりで家賃や平均賃金、米代、薪炭代などの数字を列挙することによって「転形期のプロレタリアートの生態が、いきいきと、とらえられている」と批評した。花田らしい視点だが、「安吾捕物」の主眼を「日本の伝統との対決」とまで解釈するのは、やや勇み足か。貧民窟の描写は苛酷な運命を痛感させる小道具みたいなもので、安吾にはここでプロテストソングを歌う意図はなかっただろう。
 もちろん、新派で終わらせるつもりもない。悪い奴らはとことん悪く、弱い者たちをいたぶり、奪い、打ちのめす。塩竃から嗅ぎつけて乗り込んでくるお米お源一味が、本宅を乗っ取り、傍若無人にふるまいだす。悪魔の所業にフツフツと怒りが湧く。
 第5話「万引家族」同様、本話でも犯人は新十郎だけが知り、見逃される。道徳より法律より、よき人たちの幸せを、と願う安吾の心は、たぶん映画やテレビ向きではないのだろう。全20話のうち、なんと7話で、新十郎は犯人逮捕に協力しないのだ。
 なお、3カ月前に取材旅行した仙台・塩竃の水運事業の実態が本話に活かされている。
                      (七北数人)
掲載書誌名
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