作品

作品名 覆面屋敷〔明治開化 安吾捕物9〕
発表年月日 1951/7
ジャンル 推理小説 歴史
内容・備考  安吾捕物シリーズ中、最もオカルト色の濃い、ゴシックロマンをも思わせる第9話。
 作品の雰囲気とシンクロしたかのように、安吾の執筆環境にも暗雲が垂れこめ始める。第7話から「捕物」「新日本地理」に「安吾人生案内」も加わって連載が3本になっていたところへ、大島取材旅行中に蔵書などが差押えられたことが発覚する。税務署対策ノートを作って税務署員と応対した日には、5人の編集者が原稿待ちで泊まり込んでいた。
 本作はおそらく大島へ旅立つ直前(5月半ば)に出来上がったと思われるが、それでも猛スピードで書かねばならない状況に変わりはない。15時間で76枚。最も速く書けた作品でありながら、これが最も評判よかったと「安吾行状日記」に記されている。
 多久家の跡継ぎ風守は、業病ゆえに座敷牢で覆面をして育った。その姿を憐れんで自らも覆面をかぶる祖父駒守が現在の当主だ。旧家の相続問題で、主要人物の2人が覆面をかぶっているという構図は、当時連載中だった横溝正史の「犬神家の一族」をほうふつとさせる。安吾は横溝を高く評価していたので、オマージュの気持ちがあったかもしれない。
 全体に道具立ては不気味なものばかりで、これまでの話より一層ダークな魅力を放っている。業病、座敷牢、覆面に加え、神人の子孫の話や、夢遊病の話、晩年の「心霊殺人事件」を先取りするポルターガイスト現象や、コクリサマの予言も登場する。
「生きているのはやさしいが、死ぬのはむずかしい」
「母なき子、あわれ。母ある子、幸あれ」
「今日はあの方の死ぬ日ではない」
 呪文のような言葉の数々が、物語にクサビを打つ。
 謎は多いが、覆面というものの性質上、その中身が本人かどうか疑われるのが必然の流れだ。誰が何のために顔を隠す必要があったか、そこを突きつめていくと、たぶん謎は解ける。しかし、解けてもなお、事のなりゆきは意外に感じられるだろう。
 いちばん因襲に縛られていたのは誰だったのか――。結末はむなしいけれど、人を慕う心がその底にあったからこそ、と信じられれば、そこに救いの光はある。
                      (七北数人)
掲載書誌名
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