作品

作品名 ロッテナム美人術〔明治開化 安吾捕物14〕
発表年月日 1952/1
ジャンル 推理小説 歴史
内容・備考  「安吾捕物」第14話は、谷崎や乱歩的なエロスが感じられる妖艶でエキゾチックな作品。「石の下」「愚妖」に続き、前・後篇に分けて発表された。
 全裸で横たわる女性の全身を各種香料で洗い、オイル・マッサージして、顔も全身も黒布で覆う。その間、黒人の男女が、香料をたいた器を捧げて周囲を回りあるく。謎の外国婦人が始めたロッテナム美人館の美容術は、邪教の秘儀のように、妖しく神秘的な雰囲気の中で行われ、貴婦人たちがこぞって施術を受けたという。
 これを始めて1カ月で夜逃げするように失踪したロッテナム夫人と、侯爵大伴宗久の妻シノブとはいかなる関係だったのか。やがて宗久は精神病院に入れられてしまい、財産はすべてシノブたち一族のものとなる。ウラに巨大な陰謀があるのではないか、と宗久の妹克子は思う。病院送りとなる前に、宗久が克子に語った言葉――
「三位一体という言葉があるが、あの本当のワケはどうやら分りかけたのかも知れぬ。人間は三人ずつ一組の人間らしい。一人の人間が三ツの顔と体をもっているらしい」
 道具立ては非常にミステリアスで、因縁の数字「三」が、泉鏡花ばりにすべての謎にからむ。どこへどう転がっていくのか先が見えない、予測不能の面白さがある。
 しかし、新十郎は事件の謎解きはしても、宗久を助け犯人を逮捕するだけの証拠を見つけられない。「万引家族」などのように優しさから起こった事件なら犯人を逃がすのもアリだが、ここでは口封じの殺人まで起こっているのだから、犯人は捕まえてほしかった。
 もしかすると本話だけは、構想がまとまりきらないうちに書き始めたのではないか、とも疑われる。伊東競輪の不正を告発後、競輪のボスに命を狙われていると思い込み、檀一雄宅から向島の三千代の実家へと移動する前後の11月半ば頃、前篇が執筆された。潜伏中には再びアドルムを服用して、檀宅へライスカレーを100人前注文したりした。
 自らの狂気の時を改めて見つめたであろう安吾は、競輪事件の闘争を終わらせる決意をする。自分の中の真理との戦いにさえ勝利すれば、現実の、決して勝つ見込みのない無益な戦いは終わらせてもいい。そんな悲しい諦めが本作にもにじみ出ている。強大な権力機構とのたった一人の戦争では、真実を主張することしかできない、ということか。
                      (七北数人)
掲載書誌名
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