作品

作品名 トンビ男〔明治開化 安吾捕物20〕
発表年月日 1952年8月
ジャンル 推理小説 歴史
内容・備考 「明治開化 安吾捕物」最終話は、明るい未来を感じさせる清新な作品。
 浅草で起こったバラバラ殺人事件だが、猟奇の要素はなく、若い楠巡査による愚直なほど丹念な捜査に沿って物語が進む。「稲妻は見たり」「愚妖」で試みられたスタイルだ。
 あちこちで次々と見つかるバラバラ死体について、楠は不思議なことに気がつく。
「せっかくバラバラに切ったんだから一ツずつ包みにすればよいものを二ツずつ包んでるとは慌てた話じゃないか。筋道が立ちやしない」
 そこに重大なヒントがあった。
 胴体も見つかり、寒の入りの時節に胃袋からタケノコや鶏肉が出てきたことから、楠のタケノコ調査が始まる。百姓に変装したり、関係者に化けたり、けっこう頓狂な聞き込みのようすが楽しい。
 浮かび上がってくるのは高利貸しの才川家で、血族12名が集まるタケノコメシの法事の日のこと。毎年裏口に現れてタケノコメシだけ食って去って行く、常にトンビ(インバネスコート)を着こんだ謎の男もいたと聞いて、楠は思い当たる。
「殺されたバラバラの主はトンビの男」その男の正体まで推理しながら、事件は迷宮入りになってしまう。たまたま事件ファイルを見つけた新十郎は、楠の実直な仕事を高く評価し、警察の未来を託す勢いでアドバイスする。
 悪人がいっぱい登場していろいろ企んでいるようだが、犯人を当てるのはほぼ無理に近い。犯人当てよりも、トンビの謎がやはり秀逸で、バラバラにした理由もそこにつながっている。新十郎が先に例示してみせるヒッカケのほうを、多くの読者が推理するのではないだろうか。新十郎単独回だが、読者が代わりに勝海舟役をやらされたような形だ。
 最終回にはあまり時代色がなく、ここから新しい道が開けたのだろう。翌年の1953年には、「犯人」「都会の中の孤島」を含め、現代モノ推理短篇を年間8作も執筆している。
 シャーロック・ホームズも愛用したトンビは、日本では「二重マント」などとも呼ばれた。安吾が晩年書く予定だったという探偵小説『いつもマントを着ていた』の原型が本作だったのではないか、と妄想が広がる。
                      (七北数人)
掲載書誌名
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