作品

作品名 乞食男爵〔明治開化 安吾捕物19〕
発表年月日 1952年7月
ジャンル 推理小説 歴史
内容・備考 捕物帖もいよいよ大詰めの第19話は、強烈な悪漢たちの化かし合いを描いた快作。
「稲妻は見たり」「愚妖」などと同様、作者によるマクラが付いていて、女相撲の成り立ちから明治20年頃のある日に説き及び、1人の女横綱が巨石を動かした噂を記して、さらりと本篇に入る。女相撲の話もユーモラスで面白いのだが、本篇とはラスト近くで少し関わる程度なので、まあ味つけ程度と思っておいたほうがいい。
 日本橋の呉服問屋久五郎の家に、寄生するように嫁いできた小沼貧乏男爵の娘政子、さらに男爵一味と結託して生糸売買のもうけ話を持ち込んでくる外人商人ペルメル。現代の振り込め詐欺の原型のような、生き馬の目を抜く詐欺のヤリ口が凄まじい。
 悪い奴らは徹底的に悪く、とことん悪辣さを発揮すると、その顛末はファルスになる。全財産をしぼりとられ、家を追い出されても、しつこく付きまとってくる男爵一味。
「他人にわが家をひッかきまわされて、ボンヤリ見ているオタンチンがあるものですか。追い返すことができないのですか」
 久五郎は妹の小花にも愛想をつかされ、女中だったハマ子と、少し調子ハズレの世捨人夫婦になるが、そこへも一味は押しかけて来る。
「隠しものを一ツあまさず、見つけだして取りあげてやる。ハダカにして尻の穴まで改めてやるから、風呂につかって垢を落しておけ」
 真剣に尻の穴を心配する世捨人夫婦のようすが愛らしくて、やっぱり笑ってしまう。
 男爵一味の首魁である小沼周信の失踪と、周信が別の華族を脅迫し続けていた事件とが結びついていくが、謎解きはかなり難しい。犯人サイドも被害者サイドも偽装工作を重ね、裏の裏を読んで戦略を練る。その展開は戦国モノ歴史小説かスパイ・サスペンスさながら。
 当時の華族どものえげつなさが新十郎の一言で全否定されるラストがいい。華族なら何をしても通ってしまうような時代。こういう依頼でなければ、新十郎はいつものように犯人をわざと逃がしていただろう。
 新十郎単独回だが、前話同様、海舟の名前だけ出してリスペクトしている。
                      (七北数人)
掲載書誌名
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